まずは山本さんに、そもそもストレスとはどういうものなのかについて、お話を伺いました。
「ストレスは、心労や緊張といった精神的な刺激が与えられることにより引き起こされるもので、主な原因は人間関係や仕事関係が多いですね。ちなみに、ストレスの原因となる刺激のことを、ストレッサーと呼びます。
ストレスが溜まっている時に、『心が押し潰されそうになる』という表現をすることがありますが、心理学では、心を『空気の入った風船』に例えることがよくあるんです。風船は、グイッと押したりギュッと握ったりすると、パンパンになってしまいますよね。つまり、風船を押したり握ったりするものがストレッサーであり、あまり強いストレスがかかると風船=心が押し潰されそうになり、場合によっては爆発してしまうこともあるわけです。
爆発しないまでも、強いストレスがかかり続けて風船がパンパンの状態が長く続くと、心の緊張がずっと続いているということなので、精神的な疲労がひどくなってしまうわけです」(山本マサヤさん)
ストレスと言えば、楽しかった思い出よりもストレスを感じた嫌な思い出のほうが、よく脳裏をよぎるという方も多いようですが、山本さんはその理由をこう語ります。
「人間は、ポジティブな感情よりもネガティブな感情のほうに意識が向きやすく、その結果として、ネガティブな感情のほうが頭の中で反芻されやすくなっているんです。これを『ネガティヴィティ・バイアス』と呼びます。
楽しかった記憶よりもストレスを感じた嫌な記憶のほうが頭に残りやすいのは、この『ネガティヴィティ・バイアス』のせい。ストレッサーは、心に残りやすいと言えるんです」(山本マサヤさん)
続いて、メンタルトレーニングについても教えていただきましょう。
「ストレス対策としてのメンタルトレーニングは、ストレスを上手にコントロールする方法を身につけるための訓練と言えるでしょう。
『ストレス=悪いもの』と考えている方が多いと思いますが、実はストレスは必ずしも悪いものではなく、適度にストレスがかかっている状態のほうが、仕事や勉強の効率が上がると言われています。
これは『ヤーキーズ・ドットソンの法則』として理論化されていますが、課題ができなかった場合に、何も罰がないグループよりも、適度な罰を課せられているグループのほうが、仕事や勉強の効率が良かったという実験結果が出ています。ここでの『罰=ストレス』と言えますので、完全にノーストレスの状態よりは、ある程度のストレスがかかっているほうが、仕事や勉強ははかどるということですね。
つまり、ストレスは『なくす』のではなく『コントロールする』のが正解であり、そして、ストレスと上手に付き合っていく方法を身につけるための訓練が、メンタルトレーニングなんです」(山本マサヤさん)
ここで山本さんに、出勤前のたった1分間でできる効果的なメンタルトレーニングを3つ、教えていただきました。
「最初にご紹介したいのが、1分間、『ハイパワーポーズ』をとってから家を出るというもの。『ハイパワーポーズ』とは、例えば、胸を張って仁王立ちになり腰に手を当てるなど、強そうなポージングのことです。『スーパーマン』が勇ましく立っている姿を思い浮かべるといいかもしれませんね。こういった強そうなポーズをとることで、自分に自信を持つことができ、ストレス耐性が強くなると言われています」(山本マサヤさん)
「ハイパワーポーズ」については、さまざまな実験結果が出ているそうです。
「『ハイパワーポーズ』は、多くの方が研究しています。例えば、『ハイパワーポーズ』をとることで、男性ホルモンの一種で、自信家に多く分泌されていると言われるテストステロンが増え、ストレスホルモンの一種であるコルチゾールが減った、という研究結果があります(※1)。
また、ストレスのかかる面接前に、『ローパワーポーズ(うなだれたり背筋を丸めたりするような、自信がない時のポーズ)』をして面接に臨んだグループと、2分間『ハイパワーポーズ』を行ってから面接に臨んだグループを比較したところ、面接の風景をビデオで見た評価者の多くが、『ハイパワーポーズ』を行ってから面接に臨んだグループのメンバーを採用したいと判断した、という実験結果もあります(※1)。面接のようなストレスのかかる場面でも、自信に満ちた姿で好印象を与えられたということでしょう。
実験では2分間での効果が確認できていますので、できれば毎朝2分間、それが難しければ毎朝1分間だけでも、『ハイパワーポーズ』を試してみてください」(山本マサヤさん)
続いて、2つ目の1分間メンタルトレーニングについても教えていただきました。
「とてもシンプルですが、通勤中の駅のエスカレーターや会社のエレベーターを使用せずに、なるべく階段を使うようにするという方法です。
強いストレスを抱えている時に表れる悪影響として、睡眠の質が下がるというものがあります。前日に充分な時間寝たはずなのに、日中に眠気に襲われたり疲れが取れなかったりという人は、ストレスによって睡眠の質が下がっているのかもしれません。
そこから逆説的に考えると、睡眠の質を上げればストレスも軽減されると言えるわけです。睡眠の質は、『精神的な疲れ』よりも『肉体的な疲れ』によって向上すると言われ、つまり適度な運動をすることで睡眠の質は上げられるのです」(山本マサヤさん)
通勤中などのちょっとした運動でも、睡眠の質を向上させることに繋がるのですね。
「本当は、ウォーキングやジョギングといった運動を習慣化させるほうが効果的なんですが、ストレスが溜まっていると『ラクしたい』という思考が出やすくなるもので、本格的な運動を億劫に感じる方も少なくないんです。そういった方でも、例えば通勤中にエスカレーターやエレベーターを使わずに1分間階段を上るぐらいであれば、気軽に取り組めるのではないでしょうか」(山本マサヤさん)
運動は「肉体的な健康」のために行うものだと思い込んでいましたが、「精神的な健康」にとっても効果的なようですね。さらに、3つ目の1分間メンタルトレーニングについても教えていただきました。
「最後にご紹介したいのは、他人にちょっとした『良いこと』をする、ということ。それで『ありがとう』という感謝の言葉がもらえれば、なお良しです。
『良いこと』の種類は何だって構いません。例えば、低血圧の恋人を起こすためにモーニングコールをしてあげるのでもいいですし、会社の後輩にその日の会議のアドバイスをしてあげるのでもいいでしょう。駅で迷っている人を見かけたら、道を教えてあげるのでもいいです。1分間程度でできるちょっとした『良いこと』をしてから出社するだけで、自分のストレスが少し軽減できるかもしれません」(山本マサヤさん)
他人に「良いこと」をすると、なぜ自分のストレス軽減に繋がるんでしょうか?
ストレスが溜まって落ち込んでいる時は、『自己肯定感』が下がっている可能性があります。『僕はダメな人間だ』『私は何をやってもうまくいかない』といった感情にとらわれてしまうこと、ありますよね。そういう時は、気持ちが悪いほう、悪いほうに向かってしまうので、ストレスが溜まる悪循環に陥ってしまいがちです。
その悪循環を止めるためには、他人に『良いこと』をして、『僕はちゃんと人の役に立てるんだ』『私のしたことで助かった人がいる』と感じて、『自己肯定感』を高めるといいですよ」(山本マサヤさん)
人の役に立って、自身のストレスの悪循環も止められるかもしれないなんて、一石二鳥ですね。
毎朝1分間でできるメンタルトレーニングは魅力的ですが、そういった簡易的なテクニックでは抑えきれないほどストレスが溜まっている場合は、どうしたらいいでしょうか?
「僕自身も実践しているんですが、『マインドフルネス瞑想』がオススメです。『マインドフルネス』とは、すごく簡単に説明すると『今この瞬間に意識を向ける』こと。そして、それを実践できるのが『マインドフルネス瞑想』です。
僕が実際に行っているのは、毎日3分間、背筋をピンと伸ばしてイスに座り、目を閉じて鼻だけでゆっくり呼吸するというもの。この時に、鼻から息を吸ったり吐いたりする空気の温度や流れに意識を集中するんです。途中で『今日は何を食べようかな』なんて雑念が入ってしまうこともあるかもしれませんが、雑念が入ってしまったらまた呼吸に意識を戻すようにします。
この『マインドフルネス瞑想』を続けた場合の研究結果はいろいろなところで出ていますが、例えばマサチューセッツ総合病院の研究によると、8週間ほどで脳の構造を変化させられることがわかっています(※2)。
集中力、注意力、創造力を高めるという報告や、不安を感じる部位である脳の扁桃体が縮小するといった報告もあるんです。風船(心)のゴムが頑丈になっていくイメージですね。そのため、マサチューセッツ大学医学大学院教授のジョン・カバット・ジンをはじめとした多くの研究者が、『マインドフルネス瞑想』はストレス軽減や鬱病の症状を和らげると語っています」(山本マサヤさん)
山本さんいわく、「3分間だけでもいいですが、時間に余裕があるなら、毎日15分間ほど行うと、より効果が得られるかもしれません」とのこと。「マインドフルネス瞑想」は、継続することが大事なんだそうです。
ただし、重度のストレスを抱えている場合は、自分ひとりで解決しようとせず、必ず心療内科など専門の医療機関で受診するようにしましょう。
今回は山本さんにストレスの基本的な知識から、メンタルトレーニングの意義や実践方法まで教えていただきました。
ストレスはゼロにすればいいというわけではなく、適度にストレスがかかった状態を維持できるようコントロールすることが重要です。そして、そのようにストレスと上手に付き合っていくための方法は、メンタルトレーニングによって身につけられます。
「ストレスは、必ずしも悪いものではない」という考え方について、目から鱗が落ちたという方も多いのではないでしょうか。今回学んだメンタルトレーニングを実践しながら、ストレスを上手にコントロールしていきましょう。
メンタルトレーニング講座へのリンク
メンタルヘルス・マネジメント(R)検定講座へのリンク
※1参考:エイミー・カディ 『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』 早川書房、2016年刊
※2参考:デイヴィッド・ゲレス 『マインドフル・ワーク 「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える』 NHK出版、2015年刊