口下手で内向的な性格に悩む営業マンに「しゃべらない営業術」を教えている、サイレントセールストレーナーの渡瀬謙さん。営業マンは「上手にしゃべれないとできない仕事」というイメージがありますが、渡瀬さんによると、それはどうやら違うようです。渡瀬さんがオススメする「しゃべらない営業術」とは一体どのようなものなのでしょうか?
「私は、営業活動というのは、お客様に商品を売るのではなく、買っていただくものだと考えています。つまり、あくまでも主役はお客様。営業マンは、お客様が自分の思いを気持ち良くしゃべりたくなる環境をつくり、納得して商品を買っていただくようにすることが大切です。営業ではコミュニケーション力がとても大事ですが、コミュニケーション力とは、上手にしゃべる力ではなく、お客様の信頼を得る力だと思っています。お客様の信頼を得るために、『どうすればお客様との心の距離を近づけることができるのか』『どのような質問をすればお客様がしゃべりやすいのか』を考えて行動することが大切です。
つまり、『しゃべらない営業術』とは、お客様にしゃべっていただくことでコミュニケーションを取り、セールスに結び付けていく技術のことなんです。自分ではなく相手にしゃべってもらうので、口下手な方や内向的な方でも身につけることができますよ」(渡瀬謙さん)
そもそも渡瀬さんは、なぜ「しゃべらない営業術」にたどり着いたのでしょうか?それは、ご本人も口下手で人見知りという内向的な性格だったため、営業の仕事で苦労していたからだそうです。
「私が働いていた会社の営業マンは、明るくて弁が立つ人ばかり。みんなに追い付こうと、しゃべる練習を必死で繰り返していました。しかし、お客様を前にすると頭の中が真っ白になってしまったり、沈黙が怖くて無理やり言葉をつないだりと、うまくいきませんでした。
ある時、悩んでいる私を見て、営業部のリーダーである先輩が営業の同行に誘ってくれました。営業先で見たのは、先輩の普段の快活なイメージとは全く違う営業スタイルでした。先輩は、商談中ほとんどしゃべらなかったのですが、立て続けに3件も商品が売れました。それまで『頑張ってしゃべらなければ』と思っていた私は大変驚きました。
私のような内向的な営業マンは、『うまく話そう』と思って、どうしても自分に意識が向きがちです。しかし、営業において大切なのは、お客様のニーズをくみ取り、そのニーズに合わせた提案をすること。そのためには、お客様に意識を向け、気持ち良くしゃべってもらうことが出発点なんだと、先輩が気付かせてくれました」(渡瀬謙さん)
このことをきっかけに、どうすればお客様にしゃべってもらい、気持ちを引き出すことができるのかを考え始めた渡瀬さん。そして、自ら生み出した「しゃべらない営業術」によって、お客様との信頼関係を築き、営業目標達成率で全国トップの成績を収めることができたそうです。
それでは、具体的にどのような質問をすれば、お客様が話しやすくなるのでしょうか?
営業の基本的な流れは、
1.雑談でお客様の緊張を解きほぐす「アイスブレイク」
2.お客様のニーズを引き出す「ヒアリング」
3.商品やサービスを説明する「プレゼンテーション」
4.契約を迷っているお客様の背中を押す「クロージング」
となります。今回は、この流れの中で、「しゃべらない営業術」のポイントをいくつかご紹介していきます。
1.雑談でお客様の緊張を解きほぐす「アイスブレイク」の方法
「営業ではまず、お客様との心の距離をいかに早く縮めるかが大事です。そのためには、いきなり本題に入るのではなく、親近感を抱きやすい話題を投げかけて心を開いてもらうよう心がけます。このような話題を投げかけることを『アイスブレイク』といいます。この時、自分しか知らない話をしても会話は弾みません。例えば、私は神奈川県の湯河原に住んでいますが、『湯河原は温泉があっていいところなんです』という話をしても、相手は答えに困ってしまうでしょう。そこでお客様に近い話題を振るのがポイントです。お客様のところに伺った時に、『このビルの1階にはおいしそうなパン屋さんがありますね。人気なんですか?』『駅からこちらまでの道はものすごい人でした。いつもこんなに混んでいるんですか?』といったような質問をすれば、お客様も自分側のことを聞かれているので、答えやすいし、しゃべりたくなります」(渡瀬謙さん)
2.お客様のニーズを引き出す「ヒアリング」とは?
「営業活動の『ヒアリング』では、商品購入の決め手になることなど、お客様のニーズを的確に捉えることが大切です。ヒアリングは、過去→現在→未来と時系列で質問すると、お客様も答えやすくなります。ひとつ例を挙げてみましょう。
もしもあなたが、いきなり『明日のランチ、何を食べますか?』と聞かれたらどう答えますか?よほど食べたいものが決まっていない限り、『わからない』と答えるのではないでしょうか?
それに対して、『昨日のランチは何を食べましたか?』『今日のランチは何でしたか?』という質問なら、記憶にあることなので答えられますよね。その後で、『明日のランチ、何を食べますか?』と聞かれたらどうでしょう。頭の中に「ランチ」というテーマが浮かんでいるので、少し答えやすくなると思います」(渡瀬謙さん)
「営業現場でヒアリングをする時も、最初から『今お使いの製品を買い替える予定はありますか?』と、『未来』の質問を振られても相手は答えにくい。お客様が警戒して、心の距離も離れてしまいます。そこで、答えやすい『過去』の質問からスタートします」(渡瀬謙さん)
例えば……
営業マン:「こちらの商品をお使いになったことがありますか?」(過去の質問)
お客様:「はい、使ったことがあります」
営業マン:「どういうところが良かったですか?」(過去の質問)
お客様:「デザインがいいなと思いました」
営業マン:「今もお使いですか?」(現在の質問)
お客様:「いえ、使っていません」
営業マン:「それはどうしてですか?」(現在の質問)
お客様:「機能面で不満があったからです」
営業マン:「当社の新製品は〇〇の機能が付いています。ご興味ありませんか?」(未来の質問)
「『過去』の質問から入ることで、会話がスムーズにスタートできますし、過去→現在と話を進めていく中で、お客様の思いやこだわりが見えてきます。お客様も過去のことから順に聞かれることで、これからどうしたいのかという未来のイメージもしやすくなる。すると、後に商品説明をする時に、このお客様には商品の何をアピールすればよいかが掴めます」(渡瀬謙さん)
3.商品やサービスを説明する「プレゼンテーション」は、お客様の知りたいことにフォーカスする
「『プレゼンテーション』では、商品やサービスについて1から10まで、しっかり説明することが大切だと思われがちです。でも、お客様によって商品に対する知識やニーズは違いますよね。『プレゼンテーション』でも大切なのは、しゃべることではなく、お客様に意識を向けること。ヒアリングで得た情報をもとに、相手にピンポイントの説明をしましょう。例えば商品がパソコンの場合、普段パソコンを使いこなしているお客様なら、基本的な機能の話は省けます。お客様が求めているのが『持ち運びやすさ』なら、『重さ』や『サイズ』『外出先での使いやすさ』などにフォーカスして説明することが、お客様にとって役立つ情報になります。『相手の気持ちに寄り添おう』という思いがあれば、しゃべりがうまくなくても、商品の良さをしっかり伝えられると思います」(渡瀬謙さん)
4.契約を迷っているお客様の背中を押す「クロージング」は、しゃべらずにツールや資料で説得する
「プレゼンテーションで商品やサービスの魅力をアピールしても、お客様が契約を迷われるケースがあります。この時、お客様の迷いを払拭し、契約に結び付ける作業が『クロージング』です。しゃべるのが苦手な人だと、この最後の説得は至難の業ですよね。そこで、私はツールや資料を使って説得するようにしました。お客様が迷われているポイントを把握し、それぞれのお客様専用のツールや資料を作って説得します。例えば値段が高いと感じているお客様には、同業他社での導入実績をまとめ、値段に見合った効果が得られることを目に見える形で示しました。その結果、納得して商品を買っていただくことができたのです。お客様に合わせたツールや資料は、しゃべりが苦手な人にとって大きな武器になることも覚えておいてください」(渡瀬謙さん)
口下手で内向的な人は、社内でうまくコミュニケーションが取れなくて悩むことも……。この時も、「どうすれば相手がしゃべりやすくなるか」という視点が大事だと渡瀬さんは言います。
「実は、まわりの人も、あまりしゃべらない人には、どう話しかけていいか迷うものです。そこで2つのことを実践してみましょう。
ひとつは、朝の挨拶です。仕事を始める前に一言でも言葉を交わしておくと、相手との心の距離を少し近づけられます。すると仕事をしている時に、相手も声をかけやすくなります。
もうひとつは、『ちょっと教えていただけませんか?』というフレーズを意識して使ってみましょう。内向的な人は、話しかけるのが苦手だったり、人の手を煩わせたくないと思ったりして自己完結しようとする傾向があります。例えば、企画書を作成する時も、自分でほぼ仕上げてから上司に見せた結果、方向性が違っていて大幅な修正指示を受けてしまったなんてことも……。もちろん、上司も部下が正しい方向性で仕事をしているかは気になるのですが、一生懸命やっているのを見ると声をかけづらいのです。そんな時、部下の『ちょっと教えていただけませんか?』という一言で、上司はしゃべりやすくなります。アドバイスをもらうことで仕事の効率も上がり、その結果、上司との信頼関係を築くことにつながります」(渡瀬謙さん)
相手にしゃべってもらうことで、心の距離を近づける「しゃべらない営業術」は、普段のコミュニケーションにも使えそうですね。渡瀬さんは、人見知りや口下手な人が自信を持って仕事をしていくためには、性格ではなく、コミュニケーション方法を変えることが大事だと言います。
「内向的な人が性格を変えたいと思うのは、それが悪いことだと思っているからですよね。おそらく子どもの頃から、『積極的になりなさい』『明るくなりなさい』と言われて、内向的なことはダメなことなんだと劣等感を持ってしまったからかもしれません。私も、ずっと内向的な性格がイヤでした。しかし、仕事をしていく中で自分の性格を生かす方法を見つけることができました。ぜひ皆さんも、自分の性格に合った『コミュニケーション力』を身につけていただければと思います」(渡瀬謙さん)