人間の場合、何らかのストレスを感じると、人によっては貧乏ゆすりをする、頭をかく、爪を噛むなどの仕草が見られますが、犬もある種の仕草や行動(=ストレスサイン)が見られることがあります。みなさんは、それに気づけているでしょうか?
その前に。ストレスと聞くと「悪いもの」というイメージを抱きがちです。ところが、ストレスには心身にプラスの効果をもたらす「良いストレス」もあり、例えば人間の場合でいうと、軽い運動や入浴、プレッシャーがあったものの仕事や試験で良い結果が出せた達成感などがそれにあたります。
一方で、極寒や酷暑、睡眠不足、他者との負の関係、不安や恐怖、別れ、騒音などは「悪いストレス」といえます。
しかし、個体の性格や環境、状況などによってストレスの感じ方は変化します。ストレスの原因(=ストレッサー)が同じであってもストレスと感じる場合があれば、感じない場合もあるほか、時には「良いストレス」とされていたものも、状況などによっては「悪いストレス」になり得るなど、受け止め方や深刻度はさまざまです。
このようなストレスを感じたとしても、人間や動物には、本来あるべき安定した状態(=ホメオスタシス/恒常性)を維持するために、元の状態に戻ろうとする力が備わっています。しかし、過度または長期の負のストレスを受けると、ホメオスタシスのバランスが崩れ、免疫力の低下やホルモン分泌の異常、ひいては心臓病や脳血管障害、ガンなどの病気に影響することがあるほか、行動異常の発現にもつながり、状況によっては深刻な問題に発展してしまう場合もあります。ストレスとは、なんとも厄介な代物です。
それゆえ、愛犬に少しでも健康な生活を送らせてあげたいと思うのであれば、犬が出すストレスサインを理解し、それに気づいた時には注意するとともに、対処が必要と思われる時には、なるべく早めにストレス回避の手助けをしてあげましょう。
では、犬のストレスサインにはどんなものがあるのでしょうか?それは表情や仕草、行動などに表れます。犬が一般的に示す仕草や行動となんら変わらないものが多いため、見分けづらい分、その時の状況や環境を考慮して判断することが大切です。
ストレスは、下痢・嘔吐・食欲の低下・目の充血・フケが多くなる・脱毛など、体にも変化をもたらすことがあるので、ストレスサインとともに気を付けて見てあげましょう。
さらにストレスが強いと常同行動と呼ばれる同じ動作や行動を何度も繰り返す異常が見られたり、攻撃的になったりすることもあり、状況によっては専門的な行動治療が必要になることも。
以下は、常同行動の例です。専門家によっては常同行動もストレスサインに含まれると考える場合もあります。
注意したいのは、これらの行動や症状が見られたからといって、必ずしも原因がストレスにあるとは限らないということ。病気やケガなど原因が他にある場合も考えられるので、気になる時は動物病院で診てもらってください。
では、犬にとってどんなシチュエーションがストレスになるのか。飼い主や周囲の人、他の犬などの何気ない行為がその要因になることもあるので、愛犬にストレスを感じているような様子が見られた時は、自分や周囲の人の行動にも気を配るようにしましょう。
例えば、次のような例を挙げることができます。
●他の犬と遊ばせることは良いことだと思い、初めてドッグランに連れて行き、他の犬たちの中に交ぜてみたが、隅っこでぷるぷる震えている。
⇒ その犬にとって、他の犬や初めての場所が不安、または怖いのかもしれません。中には、どうしても他に馴染めない犬もいます。初めてドッグランに連れて行く時、最初は周囲を歩く程度、次は他の犬が少ない時に少し遊ばせてみるなど、少しずつ慣らしていくのがいいでしょう。
●いたずらをしたので、大きな声でガミガミと怒ったところ、顔をそむけて頻繁にあくびをする。
⇒ 一見、「はい、はい、分かりましたよ」と飼い主を小バカにしているようにも思えますが、ストレスを感じるこの状況の中で、自分や飼い主を少しでも落ち着かせようとしている状態です。叱るのと怒るのは違います。叱る必要があるならば、「ノー」「ダメ」と短い言葉でタイミングよく。
●知らない人が犬の正面から近寄り、犬に覆いかぶさるようにして頭を撫でようとしたところ、耳を伏せ、体が固まって、しきりに舌なめずりをしている。
⇒ 飼い主や慣れている人ならともかく、犬の正面から近づく、目をじっと見る、覆いかぶさるようにするというのは、犬にしてみれば不安や脅威を感じ、場合によっては攻撃的と受け取ることもあります。知らない犬に近づくには、自分の体の側面を見せるようにする、座って手の匂いを嗅がせ、大丈夫そうなら手の甲で犬の顎下を撫でるというふうにしたほうがいいでしょう。
以上のような例はほんの一部。愛犬の性格や行動を踏まえた上で、何が愛犬にとってのストレスになり得るのか、観察する目を持ちたいものです。
最後に、少しでも負のストレスを回避するためにはどんなことに気をつけたらいいのか、そのヒントを紹介します。
●散歩や運動、遊びは十分?
⇒刺激のない生活は問題行動や常同行動につながる場合があるといわれています。また、散歩をすることで問題行動が解消されることも。超小型犬だから散歩はいらないなんて思っていませんか? 無理のない範囲で、散歩や運動、ゲームなどで良い刺激を与えてあげましょう。
●犬が一人になれる場所は?
⇒私たちがストレスから逃れて一人になりたいと思うことがあるように、犬にも似たような時があるはず。愛犬が静かに一人で過ごせる場所も確保できていますか?
●かまい過ぎていない?
⇒愛犬を大切に思うことは素晴らしいことですが、愛情過多は犬にとってストレスになることも。
●愛犬のストレスサインを分かっている?
⇒ストレスを感じると貧乏ゆすりが出る人と出ない人がいるように、犬もその個体によって出やすいストレスサインが違うのではないか?という動物行動学の専門家もいます。愛犬に出やすいストレスサインを分かっているなら、ストレスにもより早く気づくことができるでしょう。
●ストレスサインが出たからと大騒ぎしていない?
⇒あくびのようなストレスサインが出たとしても、それはなんとかそのストレスをやり過ごそうとしている状態でもあり、その後は普段の状態に戻るのであれば、まずは見守ってあげること。飼い主が過剰に反応すると、かえってその態度や大声などが犬にとってストレスになり、負の強化になってしまうことがあるので、ご注意を。
●病気予防はしている?
⇒病気がストレスの元になることもあるので、予防をするとともに、異変には早めに気づけるよう健康管理はしっかりと。
●愛犬の生活場所は落ち着ける場所?
⇒騒音、人通りが多い、雨が降ると犬舎内がびしょ濡れになる(外飼い)など、犬にとって落ち着けない場所はストレスも溜まりがちです。
●社会化は十分?
⇒特に生後3ヵ月までの間は犬にとってとても大切な時期。社会化が不十分であると、ストレス耐性も低くなる傾向にあるといわれます。
人間も犬も生きていく以上、ストレスは避けられませんが、なるべく上手につきあいたいものです。とはいっても、ストレスサインが頻繁に出る、なかなか止まらない、常同行動が見られるというような場合は、行動治療専門の獣医師に相談してみてください。何より、犬は飼い主の鏡。飼い主さん自身のストレス回避を心がけることも大事でしょう。