介護の職種は幅広く、また介護業界への入り方にもさまざまなパターンがあります。例えば、大学や専門学校で知識・技術・資格を身に付けて目指す就職を実現する人もいれば、ゼロから現場でキャリアを積んでいく人もいます。
「私は介護の仕事に携わる母親の影響で福祉系の大学に進学しました。卒業後、老人保健施設で支援相談員として働き始めましたが、より良い相談員になるためには現場のことを知る必要があると考え、介護職を経験することにしたのです」(Tさん)
Tさんは、学生の段階で、将来介護業界でどうキャリアを形成していくかをある程度固めていたパターン。
一方で、まったくの無資格・未経験から介護業界に飛び込んだのがSさんです。
「私は祖父母と同居しており、いわゆる“おじいちゃん子”でした。介護の仕事を選んだのは、脳梗塞で倒れた祖父を介護する母を助けたいと思ったからです」(Sさん)
愛知県の実家はご近所付き合いが活発で、小さい頃から年配の方々と常に接していたと言うSさん。特別養護老人ホームに就職し介護職を選んだのは自然な流れだったと言い、地元に貢献したいという思いから、“勤務地は家の近く”にもこだわったと言います。
こうして希望の就職を果たしキャリアを積んでいく中で、二人は転換期を迎えます。
「介護の現場」から「介護事務」へと、キャリアチェンジをしたのです。
介護事務と言うとみなさんはどのような仕事をイメージするでしょうか?例えば介護給付費明細書(レセプト)の作成や、ケアマネジャーの仕事や事業所の運営を支える仕事などが知られるところですが、実は介護事務の業務はとても多様。所属する会社が展開するサービス(事業形態)や規模、配属先(本社または事業所)、企業風土などによっても介護事務の仕事内容は異なります。
「私は特別養護老人ホームで介護職をしていた際、施設長から声がかかり、法人本部で事務に携わることになりました。介護現場で感じていた課題を元に、業務を効率化するしくみを作るなど、自分の意外な得意分野を発見するきっかけにもなりました」(Tさん)
Tさんは独学でパソコンスキルを高めていて、それを業務に役立てていきました。例えば多数の職員が共用する公用車の管理表をExcelで作成。それまで職員が声をかけ合って使用順番を待っていたアナログな環境をガラリと変えたのです。
Tさんはいわゆる社内異動によってキャリアチェンジをすることとなりましたが、やはり多いのは、自らの意思によって事務職へ転身する、というケースではないでしょうか。
「私は介護職の仕事で腰を痛めてしまい転職に踏み切りました。介護現場で働くやりがいはとても大きかったので、業界は変えずに事務の仕事に就ければと考えました」(Sさん)
体力が必要とされる介護職は、体の不調をきっかけに異職種への転職を考える人も多いと聞きます。Sさんは転職サイトを利用し、デイサービスを行う事業所に事務職として転職を果たしました。
介護現場は24時間稼働しているため、事務職への転身でまず大きく変わるのが固定勤務時間による生活の変化です。以前は夜勤もあったSさんは、平日日中勤務、土日お休みというスタイルに変わり、規則正しい生活の中でデスクワークを行うことによって痛めた腰も徐々に回復していったと言います。
そして何と言っても興味深いのがその業務内容です。
「私は小さい頃からパソコンが身近にあったため操作が得意でした。仕事では電話対応や入出金管理などをやりながら、PowerPointで施設紹介のパンフレットや、月ごとの行事を紹介するフォトギャラリーなどを作成しました」(Sさん)
なんと事務業務に留まらず、勤務するデイサービス事業拠点の“広報活動”にも自ら役割を広げていったのです。これはSさんのスキルと意欲があってのことですが、一人が何役もこなすことを歓迎する小規模事業所の風土によって実現できたこととも言えます。
さて、同じ事務職でも事業拠点で働くSさんとはある意味対極となった、特養本部勤務のTさん。
「支援相談員、介護職を経ての事務職。現場を思い描きながらパソコンと向き合い駆使していくことで、自分がいかにデスクワークに向いているか、いかに大きなパフォーマンスを発揮できるかを実感しました」(Tさん)
Tさんは、今では介護業界で20年のキャリアを持つベテラン。3年前に独立し、現在は約30名の職員が働くグループホームの代表を務めています。Tさんが介護現場から介護事務へ転身した当時は、業務効率化という概念も希薄で、しかもすべてがアナログな時代。ある意味こうした環境を的確にとらえ、自ら仕事を作り出すことでスキルアップを重ねてきたと言えます。そしてその積み重ねが、現在の経営者というポジションに繋がったと言えるのではないでしょうか。
「介護職」と「介護事務」はもちろん業務内容そのものが違いますが、踏まえておきたいベースに“採用枠の違い”があります。例えばSさんが勤務するデイサービスでは、介護職の職員が30名いる中で事務職はSさん一人。そう、事務職はとても採用枠が狭いのです。
「現在、介護業界で働く人の間で二極化が進んでいます。スキルの格差による大きな溝が生まれているのです」(Tさん)
自分の適性を見極めたうえで就職・転職してくる人材がどんどん高いスキルを付けていく一方で、単なる生活の手段と考える人も存在します。やはり前者のタイプは知識や技術のみならずコミュニケーション能力も高まるため、そうしたトータルなスキルが転職や職種転換の成功に繋がるのだと言います。
Sさんは腰痛を患ったものの介護業界を離れませんでした。理由は「いずれまた介護職に携わりたいから」。
「医師から歩けないと言われていた利用者様が、私たちと過ごしリハビリを行うことで歩行ができるようになったり、怒ってばかりのおじいちゃんが笑うようになってくれたり。介護現場には嬉しいこと、やりがいが詰まっています」(Sさん)
経営者となったTさんの現在の夢は、職員が夢を持って働ける介護現場にすること。Tさんがデスクワークへの転身で効率的な業務のしくみ作りに手腕を発揮したように、また、Sさんが事務職ながら広報の手腕を発揮したように、個々の人材が持っているであろう特技・個性(料理・美容・語学・スポーツなどなんでも!)を活かすことで、より良い現場を構築したいと考えているのです。
介護業界を目指す人に限らず、自分が働いている業界でキャリアチェンジを目指す人にとって大切なこと。それは、自分がその業界で働く魅力を感じ続け、その中でスキルアップを続けることと言えそうですね。