よく、「年をとっても自分の歯をできるだけ残しましょう」といわれるのは、自分の歯でしっかり噛むことが、健康に生きるためにとても大切なことだから。でも、実際にどういう効果があるのか、なぜ大切なのか、知っているようで知らないのではないでしょうか。では具体的に噛む力を保つとどんないいことがあるのか、寄國さんに伺いました。
「年をとると、口の中の唾液が減ってきます。そうするとものを食べた時に飲み込みにくくなるという、嚥下障害につながる可能性もあります。よく噛んで咀嚼をすることによって口の中に唾液が出やすくなり、ものが飲み込みやすくなるんです。また、噛む作業により筋肉が動き血液が循環することで、脳も刺激されますから、認知症予防にもつながります」と寄國さん。
「しかも、唾液には殺菌作用がありますから、唾液が多くなることで口腔内の殺菌効果が高くなります。そうすると虫歯ができにくくなり、長く自分の歯を維持することができます。自分の歯で噛んで食事ができる人とそうでない人では、健康寿命も変わるといわれるほど、歯と噛む力を維持するのは大切。でも、噛む習慣はすぐに身に付くわけではありません。若いうちからよく噛んで食べることを意識してほしいですね」(寄國揚こさん)
体の状態が変わり通常の食事ではうまく食べられなくなった時、必要となるのが介護食です。食べやすさ・飲み込みやすさを重視するため、介護食といえば「おかずもごはんもドロドロにして食べやすくする」というイメージを持っていませんか?でも実は、「噛む力が残っている人にとっては、ドロドロのご飯ってとても食べにくいんです」と寄國さん。
「例えば、食べやすいようにとご飯を煮つづけると、糊のようになり喉に張り付き食べにくく、『おいしくないから食べたくない』と言って嫌がる人は多いんです。作る人も、これまで介護食を食べた経験がないので分からないんですね。食欲は生きる活力にもつながりますから、噛む力に合わせておいしく食べられる介護食を作ることが大切です」(寄國揚こさん)
噛む力に合わせた介護食を作ろうとする時、目安として活用できるのが「ユニバーサルデザインフード」です。ユニバーサルデザインフードとは「日常の食事から介護食まで幅広く使うことができる、食べやすさに配慮した食品」のこと。噛む力、飲み込む力によって「容易にかめる」「歯ぐきでつぶせる」「舌でつぶせる」「かまなくてよい」という4つに区分されています。
「噛む力が弱まって食べられないものが増えたとしても、本人が気がつかないケースは意外と多いんです。そこで、どんなものなら食べられるのか、家族が気づくことがとても大切です」と寄國さん。「何が食べられて何が飲み込みづらいのか、どんな形・軟らかさなら残さず食べられるのかを家族がよく観察しながら、その人の噛む力に合った食事を出すと、とても喜んでもらえます。ユニバーサルデザインフードの区分を知っておけば、家族が介護食を食べる人の状態を把握する時の目安にもなると思います」
また、寄國さんに介護食を作る時のポイントを伺いました。
「普段の食事とは別に介護食を作る手間を減らすためにも、なるべく家族と同じ食事であるといいですね。介護食にする場合は、刺激物を減らしたり軟らかく煮たり、食べる時に細かく切るなどの工夫をすると食べやすくなります。
また、食事は五感で味わうものでもあるので、柑橘系のものや甘いものを使って味や香りをつけるのも喜ばれます。見た目や香り、食感に少し工夫を加えることで、食欲をそそる効果もあります。さらに、食事中には『よく噛んで食べてね』など、家族が誘導しながら噛む力を保てるようにコミュニケーションをとるといいですね」(寄國揚こさん)
では、実際に家族でおいしく食べられる介護食にはどのようなものがあるでしょうか。今回は、調理法を工夫することで、健康な人から噛む力が弱ってきている人まで楽しめるレシピを寄國さんにご紹介いただきました。
大根のステーキ
材料:2人分
作り方
大根のステーキはお箸で簡単にほぐすことができるので、噛む力が弱っている人にも人気のレシピだそうです。焦げ目をつけることによって、見た目にも食欲をそそる効果があります。 また、プルーンは鉄分や食物繊維が豊富で、甘酒は『飲む点滴』といわれるほど栄養価が高い食品。健康面でもおすすめのレシピです。
ゴボウの梅煮
材料:2人分
作り方
ゴボウはどうしても『かたい』というイメージがあるので、介護食としては敬遠されがちな食材。しかし麺棒で叩くことによって、煮た時に全体が軟らかくなり、とても食べやすくなります。
また、梅干しを加えて煮ることで、酸味によって唾液の分泌を促す効果もあります。
今回は介護をする家族にとって負担が少なく、みんなでおいしく食べられる介護食をご紹介しました。「軟らかく飲込みやすいもの」といっても、まだ味覚の発達していない赤ちゃんが食べる離乳食と違い、介護食を食べるのは、これまでおいしいものを食べ、自分の好き嫌いがわかっている大人です。介護が必要になったからといって、急にこれまでと全く異なる食感や味付けにすると、抵抗を感じ食が進まなくなるということもあります。体の状態に合わせ味付けや軟らかさを調整することが一番大切ですが、介護を必要とするようになってからも、できるだけ長い間噛む力を維持できるよう、「食べる楽しみ」を持ってもらうことも忘れてはいけません。
「噛む力を維持することで健康寿命が延び、介護度が上がるのを遅らせることもできるようになります」と話す寄國さん。ユニバーサルデザインフードの区分も参考にしながら、噛む力に合わせて食事を工夫してみてはいかがでしょうか。