人生100年時代を迎える中で、従来の人生設計や働き方は大きく変わりつつあります。そこで今、注目されているのが「リカレント教育」です。「大人の学び直し」とも言われますが、どういったものなのかあまりピンとこない……という方も多いかもしれません。そこで、今後のキャリアアップやセカンドキャリアを考える上で重要なキーワードとしてぜひ押さえておきたい「リカレント教育」について、学校法人先端教育機構 社会情報大学院大学教授の川山竜二さんに教えていただきました。
「リカレント教育と混同されやすいワードとして『生涯教育』がありますが、この2つには明白な違いがあります。人生を通して様々なことを学び続けるのが生涯教育です。例えば、将棋とかお花といった習い事もすべてこれに当たります。人生において学ぶものすべてが生涯教育になるので、とても広い概念なんですね。一方、リカレント教育は労働と密接に結びついた教育のことです。その内容が『自分の仕事や今後のキャリアに関わる学び』に限定されているのです。生涯教育という大きな括りの中の一つの領域としてリカレント教育があると考えていただくと、わかりやすいかもしれません」(川山竜二さん)
ちなみに、リカレント教育は最近出てきた言葉のように思われがちですが、実は50年以上前からある言葉なのだそうです。それがここ数年、特に注目されるようになったのはなぜなのでしょうか?
「一つは、やはり『人生100年時代』というフレーズがクローズアップされるようになったことが大きいと思います。100年生きることを考えると、その長期間の中での社会の変化はより激しくなり、仕事に使う知識もどんどん変わっていきます。その時に、人生の初期にあたる学校教育で学んだ知識だけで済むのかというと、そういうわけにはいきませんよね。仕事やキャリアに関わる学びも人生とともにずっと継続していかなければいけない、つまりリカレント教育の重要性が増したという背景があります。もう一つの要因には、少子化の問題があります。人口が減少すれば、働き手も減ってしまいます。その対策の一つとして労働生産性、つまり仕事の質を高める必要があります。仕事の質を上げるためには、最新の知見を取り入れ続けなければなりません。そのためにも、働きながら学び続けることが重要になってきます」(川山竜二さん)
この流れを受けて、文部科学省なども国内のリカレント教育の促進を図るため、環境整備や教育機関・企業への教育プログラム開発支援などを行っています。
このように「人生100年時代」を考える上での重要なキーワードとして、日本でも少しずつ浸透しつつあるリカレント教育ですが、その取り組みは世界的にみるとかなり遅れているとのことです。それを大きく前進させるためには、ガラリと考え方を変える必要があると川山さん。
「日本はこれまで『もの』に投資して経済成長してきました。でも現在、世界的に成長している企業をみてみるとUberやFacebook、Amazonといったプラットフォームを提供している会社なんですよね。実際に商品を所有しているわけではないんですよ。知識を使ったビジネスで生産性を高めているんです。こういうものを無形資産と言いますが、世界的にはこの無形資産への投資が積極的に行われています。その代表的なものが人的資本です。新しいビジネスのアイディアというのは、人間の頭脳のみが生み出すことができるものですからね。そういった理由から無形資産、その中でも人にどんどん新しい知識を身に付けてもらう人的資本への投資に力を入れようというのが、世界的なトレンドなんです。でも日本はなかなか無形資産、つまり人的資本にあまり投資しようとしません。それは日本の働き方の多くが、仕事範囲を明確にしその仕事に適したスキルを持った人を採用し専門性を高めていく『ジョブ型』ではなく、一括で総合的なスキルを持った人を採用しその人たちに仕事を割り振っていく『メンバーシップ型』だからです。どんな仕事をするかではなく、どこの会社に入るかという考え方なのです。そのため日本の企業はジョブ型に転換して、せっかくお金をかけて教育してきた社員が簡単に転職してしまうのを大変嫌います。それまでの投資が無駄になってしまうと考えるんですね。このような日本企業の体質がリカレント教育の広がりの大きな妨げになっています」(川山竜二さん)
このまま社会全体で人を育てていかないと、日本の経済は先細りしてしまうことが懸念されます。ここで大きく意識を変えられるかどうかが、大きなカギになるようです。
「このような現状に気づいて、何とかしようと動き出している企業も少しずつですが増えてきています。また、働き方改革もこの動きの追い風になっているんですよ。これまでより残業時間が減り、それによって企業が支払う残業代も減りました。それを社員の教育に生かすという考え方になってきたんですね。徐々にではありますが、こうやってリカレント教育が日本の社会に浸透し始めていると思います。日本の場合、一度浸透し始めるとすごいスピードで広がっていく傾向にあるので、その流れに乗り遅れないようにすることが大事ですね。興味があるなら、もうすぐにでも取り組んだ方がいいと思います」(川山竜二さん)
今後、日本でも広く浸透していきそうなリカレント教育。続いて、具体的な取り組み方についても伺いました。
現在、専門的な仕事をしているのであれば、その分野の最新の知識を学ぶのがベストかもしれません。でも特に専門性がない、全く違う仕事に挑戦するために学びたいということもありますよね。そんなときはどんなことに取り組めばいいのか迷ってしまいそうですが、どのように考えるのがよいのでしょうか。
「例えば、一つの方法としてその時の注目の分野を学ぶというのがあります。今ならICT(情報通信技術)関係ですね。これからも人気が高まる分野だと思います。ただ、こういったトレンドの分野というのは学んだ内容がすぐに古くなってしまうんです。だから、その後もずっと学び続けなくちゃいけない。これは結構疲れるんですよね(笑)。その分野が本当に好きで興味があるなら続けていけると思うんですが、資格を取りたいとか、ただ仕事のためというだけでは、しんどくなってしまうんです。もちろん注目の分野はその後仕事につながりやすいというメリットもありますが、私はそういう学びはあまりおすすめしていません」(川山竜二さん)
そう話す川山さんが、学ぶ内容を選ぶときに大事にしていることは、「とにかく自分が好きなこと、興味があることを選ぶこと」だと言います。
「教育を受ける、仕事をする、私生活を充実させる……、これらのことは人生の中でつながっていて、それぞれを切り離すことはできないんですよね。そんな中で、興味のないことを学んで、やりたくない仕事をするというのはすごくもったいないと思うんです。そうではなくやっぱり自分が興味のあること、やりたいことを極めていくことが大事だと思います。それから、みなさん『自分には専門性がない』ってよく言われるんですけど、そんなことありませんよ。これまでの自分のキャリアを振り返って、この仕事のどんな部分を担っていたんだろうと考えてみてください。そうやって自分と向き合うことが、どんな学びを選ぶか考えるときにとても大切なことです」(川山竜二さん)
自身のリカレント教育について考えることは「私生活も含めたキャリアをどのように作りたいのかについて考えること」と川山さん。なりたい姿があって、それにどうやって自分を近づけていくか、そのために必要な学びはどれなのかという視点で選ぶのがおすすめとのことです。
「それから今、リカレント教育の担い手がいないということも問題なんです。だから、そのような人たちを養成する分野というのもこれから増えていくと思います。そういった領域にはチャンスがあると思いますよ。まずは自分の好きな分野について学び、次は自分がそれを人に教える側になるんです。これからは知識を学んだだけではダメで、人に伝える力、コミュニケーション能力も同時に習得する必要があります。興味のある分野とあわせて、ぜひプレゼンテーションスキルも身に付けていってください」(川山竜二さん)
学びを生かしキャリアアップや転職するだけでなく、その内容を人に教える側になるというのは新しい選択肢ですよね。そういった人が増えることで、今後リカレント教育がより充実していくのかもしれません。
このように今後、仕事・私生活ともに充実させながら人生100年時代を生き抜くために、ますます重要度を増しそうなリカレント教育。コロナ禍でその学び方も変化しているようです。
「このような状況下で、リカレント教育においてもオンライン学習が一気に広がりました。座学であれば全く不便はありませんし、やはり仕事をしながら学ぶ上で移動時間がないのは大きなメリットです。ただ、オンラインのみの学習には限界もあると思うんです。例えばワインのテイスティングなどはオンラインでは無理ですよね。その限界をどうやって補っていくのかを検討して、リアルとウェブの黄金比を見つけていく必要があります。また、オンライン授業に慣れない講師が多いこともあって、授業の上手い・下手の差がはっきり出てしまう傾向にあります。これらを改善していくことで、オンライン学習の質は今後ますます向上していくと思います」(川山竜二さん)
より便利に、様々な学びができるオンライン学習。スクールなどが行うオンライン授業のほかに、オンラインサロンやnoteなど個人で手軽に情報発信できる場も増えています。一方で注意点もあると言います。
「貴重な時間とお金を無駄にしないためにも、学ぶ場所や教材選びは慎重に!流行りだから、人気だからと飛びつくのではなく、それを選ぶとどういったことが身に付くのかを見極めましょう。こういった能力を身に付けるためには、こんな教材や授業が必要で、そのためにこれだけの時間とお金がかかる……と筋道を立てて検討することが重要です。自分の人生を左右することですから、ここはしっかり悩んでいただくことをおすすめします。あとは王道ですが、社会的にきちんと認められた企業やスクール、そして大学などが提供しているものを選ぶのが安全です。個人的には、専門職大学院をぜひおすすめしたいです」(川山竜二さん)
専門職大学院とは、研究をメインとする通常の大学院とは異なり、専門的な分野のスキルアップを目指す人たちのための大学院です。多くは社会人を対象としているため、授業はオンラインや夜間に行われ、幅広い年代の人が一緒に学んでいるそうです。
「専門職大学院の魅力は、その分野の有名な教授に少人数制で学べるところです。そして同じ領域に興味のある人が集まっているので、世代は様々ですが仲間を作りやすいのもいい点ですね。やっぱり社会人は仕事もありますし、学生に比べて圧倒的に挫折しやすいところがあります。でも一緒に学ぶ仲間がいると、難しい課題でも一緒にクリアしていけますし、お互い高めあっていけるので、ぜひそういったコミュニティを作っていってほしいです。もう一つ、仕事と学びを両立するコツとしては、やっぱり好きなことを学ぶことです。好きだからこそ楽しめる、好きだからこそ頑張れると思います。ですから、ぜひ好きなことを見つけて、それをとことん突き詰めてみてください」(川山竜二さん)
最後に、これから何か学んでみようかなと思っているみなさんに、川山さんからメッセージをいただきました。
「学ぶことが最終的なゴールではありません!学んだその先に何をしたいのか、どうなりたいのか……それをイメージしていただいた上で学びに取り組んでいただくと、モチベーションもグッと高まると思います。学ぶことを目的にしないで、その後の自分を想像して、新しい学びに挑戦してみてください」(川山竜二さん)
ぜひ川山さんのお話を参考に、なりたい自分になるための学びに取り組んでみましょう。