働き方や暮らし方の選択肢が多様化する今、「ライフキャリア」というキーワードが注目されています。ライフキャリアとは、仕事に限らず、家庭や趣味、地域との関わりなど、自分に起こるさまざまな出来事の積み重ねから育まれるあなただけの人生のタイムラインのこと。
今回お話を伺うキャリアコンサルタントの岩橋ひかりさんは、いち早くこの「ライフキャリア」に注目し、個人の希望や才能を大切にしながら、自分らしく幸せに生きてくためのプランづくりをサポートするスペシャリスト。特に、職場で任される仕事が増え、責任感ややりがい、楽しさも増す一方で、プライベートでは結婚や出産といったライフイベントの転機も多い20〜40代の女性たちから支持されています。
岩橋さんがキャリアコンサルタントになったきっかけは、やはりご自身が仕事とプライベートの両立に悩んだ経験からなのだとか。まず、「ライフキャリア」に注目するようになったきっかけを伺いました。
「私がキャリアコンサルタントという仕事の存在を知ったのは、会社員時代に育休から復職した頃でした。復職後に配属されたのは未経験の人事部だったのですが、とにかく人事業務への苦手意識が拭いきれなくて……。毎日感じる劣等感の埋め合わせをしたいという気持ちからか、何か自分だけの専門分野が欲しいと思っていました。その時にたまたま見ていた資格取得の情報メディアで「キャリアコンサルタント」という資格があることを知ったんです。今から思うと、勤務先は金融機関ということもあり、子育てしながら働くことについて制度は整っていましたが、実際には、一緒に働く仲間や上司に完全には理解してもらえていなかったと思います。復職後のポジションについても、自分の得意分野と全く異なる部署への配属に、ちょっと居心地の悪さを感じていたところでした。結婚や出産といった女性ならではのライフイベントと、仕事と子育ての両立といった悩みは、何より自分にとって身近な問題でしたし、他の女性が抱える同じような悩みにも寄り添える存在になれたらいいな、と思ったことが、資格取得と今の仕事につながっています」(岩橋ひかりさん)
働きながらキャリアコンサルタントの資格を取得した岩橋さんは、まず仕事や子育ての合間に、資格取得を通じて学んだ知識を生かしてブログで情報発信をしたり、社内のワーキングマザーが気軽に集うランチ会を開催。同じ立場同士で気軽に話せる場を作るなど、積極的にワーキングマザーが集まれる機会を作りました。そこで同じような悩みを抱える女性たちが多いことを改めて実感し、キャリアコンサルタントとしての起業を決意したのだそう。
岩橋さんは、キャリアコンサルタントとしてマンツーマンのカウンセリングも行っていますが、現在多くの女性たちの間で話題になっているのが、岩橋さんがプログラムを開発・運営し、ワーキングマザー同士の「コミュニティ」を活用したオンライン講座です。この講座の特徴は、カウンセリングというよりは、お互いの現状や悩みを話したり聞いてあげることで、解決のヒントを得ることを重視すること。2017年1月以来、国内だけでなく海外からも含め約300人が受講し、受講後に、実際に転職や昇進、独立など働き方が変化した人も多くいるのだとか。
岩橋さんが、こうしたコミュニティ形式のカウンセリングを積極的に行っている理由は何でしょうか?
「キャリアコンサルタントとして多くの方と接する中で、会社や家族といったチームの中で、いつのまにか『自分はこうするべき』という概念にとらわれている女性が多いという実感がありました。一方、個人として素直に考えた時には『こうしたい』という自分だけの希望が少なからずあるんです。今、暮らし方や価値観が多様化する中で、チームとして『こうするべき』と、個人として『こうしたい』の間に生まれる違和感に悩んでいる女性が増えてきている印象があります。働きながら家庭のこともがんばる女性は基本的に真面目で誠実。ついモヤモヤの原因を自分に求めてしまいがちですが、少し力を抜いて『自分だけの責任ではないまわりの環境の変化』について注目してみると、納得できることも多くあるんです。そこで同じ世代だったり、同じ境遇にいる女性同士が集まるコミュニティに参加しながらキャリアコンサルティングを行うことは、自分の状況を客観的にとらえ、解決策を見つけていくために非常に有効。自分だけの『こうするべき』という固定概念のようなものからいったん距離を置き、一人ひとりが抱える状況や事情をシェアできる場を作るとか、時には忌憚ない悩みを仲間同士で相談し合えるような時間を過ごすことで、それぞれの『モヤモヤする気持ち』に寄り添い、前向きな解決策を見つけるお手伝いをすることが、私たちコンサルタントに求められているのかもしれませんね」(岩橋ひかりさん)
コミュニティ型のオンライン講座を通じ、多くの女性の悩みに寄り添ってきた岩橋さん。岩橋さんがキャリアコンサルタントとして10年間活躍してきた経験から見えてきた、少し昔と今の女性の働く環境の移り変わりについて伺いました。
「私が最初に産休・育休を取得したのは2010年のこと。ちょうどこの年『育児・介護休業法』の改正(※1)があり、企業でも子育てしながら働き続けやすい環境が徐々に整備され、いわゆる『ワーキングマザー(ワーママ)』が増えはじめました。でも、当時のワーママたちの悩みはほとんどが『出産してからも仕事を続けるかどうか?』というもので、まだ両立という考え方はそれほど一般的ではありませんでしたね。一方2020年の今では、子育てをしながら共働きをする世帯の数が専業主婦世帯の数を大きく超えており(※2)、ワーママたちの悩みは『仕事と家庭を上手に両立する方法』だったり『両立したうえで、さらに自分らしいライフスタイルを叶えたい』というトピックスが主流になりました。たった10年で、働く環境と悩みは劇的に変化したことを、私自身が実感しています」(岩橋ひかりさん)
※1:(従業員101人以上の事業所での) 子育て中の短時間勤務制度と所定外労働免除の義務化。また「パパ・ママ育休プラス制度(父母ともに育児休業を取得する場合の休業可能期間の延長)」の運用
※2:内閣府・男女共同参画白書 令和元年版「共働き等世帯数の推移」より
こんなに違う!世代別ワーキングマザーのお悩み
●2010年頃~家庭か仕事かを選ぶ「ワーママ1.0」世代
✓ 「出産後も仕事を続けるかどうか」
✓ 「復帰したとして、会社が自分を必要としてくれるかどうか」
✓ 「家庭と仕事、どちらをより大切にするべき?」……など
●2014年頃~出産後も働くことが前提!「ワーママ2.0」世代
✓ 「出産後も働き続けるために、どんな職場を選んだらいいか?」
✓ 「子どもの預け先の確保や、時短家事のノウハウを知りたい!」
✓ 「夫を家事や育児に巻き込むにはどうしたらいい?」……など
●2020年~家庭も仕事も両立しながら、自分らしく生きる!「ワーママ3.0」世代
✓ 「仕事と家庭ばかりで自分の時間がない。これでいいの?」
✓ 「通勤にしばられない働き方(リモートワークなど)ができる職場に転職したい」
✓ 「自分の特技を生かし、仕事で独立したい!」……など
岩橋さんによると、時代の変遷とともにコンサルティングの形も変化しているのだとか。
「先述のように、ここ10年で女性が働く環境が劇的に変化しています。今は専門家による1対1のコンサルティングよりも、SNSなど横のつながりの中で同じ悩みを抱える人同士が気軽に集えるコミュニティ形式のコンサルティングが非常に時代に合っているように感じます。自分の働き方や子育て事情は、自分の母親世代はもちろん職場の先輩世代とも違うことを認識し、『今の自分らしい』ライフスタイルを実現する方法を考えることが大切ですね」(岩橋ひかりさん)
岩橋さんが運営しているコミュニティ型オンライン講座で、個々の理想のライフスタイルを実現する方法として実践されているのが「マイコンパス思考」です。マイコンパスとは、自分だけの人生の指標のようなもので、自分だけで悩んでいたモヤモヤを具体化し、なりたい自分像を描くこと、さらにはそれを実行する一生のものさしになるのだとか。今回は、マイコンパスを導き出す作業の一つ「嫌なことを100個書き出してみよう」に挑戦してみましょう。
まずはノートでもスマホのメモでもいいので、自分が日頃から嫌だと思うことを100個書き出してみてください。100個は無理!と思うかもしれませんが、どんな小さなことでもいいんです。例えば「ヒールの高い靴が嫌」とか「排水口の掃除が嫌」など。もちろん、職場や友人、家族関係のことや、もっと大きな国家の問題などでもOK。気軽にやってみましょう。
●岩橋さんが解説!「マイコンパス思考ワーク」のポイント
「この作業は、とにかく100個書くことがまず大切。無理やりでも100個の嫌なことを書こうとすると、自分が普段とらわれていることの外に視野を広げることになります。つまり、今まで気づかなかった自分のモヤモヤを知るきっかけになるんですね。100個書き出せたら、そこからさらに『自分でコントロールできること/自分ではどうしようもないこと』に振り分けてみてください。例えば、上司にお小言を言われるのが嫌だとします。お小言を言う上司の性格は変わらないから、どうしようもないことに振り分けるか、それとも上司のお小言をただの進捗確認ととらえられるように自分をコントロールするか。振り分けのルールはあなた次第ですが、100個のうち、『自分ではどうしようもないこと』をいったん無理と諦めてしまえたら、漠然としたストレスやモヤモヤがずいぶんラクになりますし、自分がコントロールして改善できそうな事柄がしぼり込まれてきます。さらに書き出したものをコミュニティの中で共有し、他の人がどう感じるかを聞くことで、新しい視野が生まれるかもしれません。今回は作業の一つをご紹介しましたが、マイコンパス思考のゴールは、こうした本来の自分と向き合う作業を繰り返すことで、自分の『作りたい未来』の形をイメージし、実践できるようになること。精神論ではなく、こうして具体的に書き出す作業を積み重ねることで、他人に影響されすぎない、自分だけのコンパス=指標が描けるようになります」(岩橋ひかりさん)
「特に20〜40代の女性はライフイベントによる影響が多く、悩みやストレスを抱えがち。でも、その転機をステップアップのチャンスととらえてほしい」と話す岩橋さん。岩橋さんが提案する「マイコンパス思考」は、普段見過ごしてしまいがちな自分本来の個性や、なりたい自分の姿を客観的にとらえ、キャリア構築に役立てることができる考え方として注目を集めています。最後に、岩橋さんから、働きながら家庭や子育て、趣味といったプライベートも充実させたい女性にメッセージをいただきました。
「私自身、女性の悩みに寄り添うキャリアコンサルタントという職業につきながら、自分自身のことになると割り切れないこともたくさんあるし、モヤモヤと悩むこともしょっちゅう。でも、キャリアコンサルタントとして日本だけでなく海外の女性たちとオンラインでつながる中で、彼女たちが生き生きと変化していく様子に励まされています。社会環境が驚くほどのスピードで変化する中、今私たちが大切にするべき考え方は『自分らしいキャリアの定義』。もちろん、過去に先輩方が女性の働く道を切り拓いてくださったおかげで、今の私たちはさまざまな選択肢の中から働き方や生き方を選ぶことができるようになりつつありますが、これからはさらに自分らしさを見つけて大切にする時代。仕事もプライベートもまわりの環境に流されすぎることなく、まずは『自分がどうしたいか』を考える時間を大切にしてみてほしいなと思います。」(岩橋ひかりさん)