仕事でもプライベートでも、特に思い当たる具体的なストレスの原因が無いのに、この季節になると、なんとなく気分が沈んだり、意欲が湧かなくなってしまう。そんな自覚症状があれば、もしかしたら季節性の冬季うつかもしれません。
秋から冬になると見られる冬季うつについて、新宿OP廣瀬クリニック理事長として心の不調や病気を抱えるたくさんの患者さんを診察・治療している、精神科医の廣瀬久益先生にお話を伺いました。
初めに、そもそも冬季うつとはどのような病気なのでしょう?
「冬季うつ(季節性感情障害[Seasonal Affective Disorder; SAD])は、秋から冬にかけて、気分の落ち込みなど比較的軽いうつ的な症状が現れ、春になると軽快するというパターンを繰り返す、うつ病の一種です。秋から冬に見られることが多いことから『冬季うつ』と呼ばれますが、人によっては夏に同様の症状が現れることもあります。うつ病の種類としては、比較的まれなもので、男性よりも女性に多く、冷え性の人や体が細く虚弱な人によく見られる印象があります」(廣瀬久益先生)
決まった季節、特に秋から冬になると症状が現れるということですが、その理由や原因には、どのようなものがあるのでしょう?
「なぜ冬季うつが起こるのかについては、今のところはっきりとした原因は分かっておらず、定説はありません。その上で古典的には、秋から冬にかけて日照時間が減ることにより、人の気分を調整するホルモンであるセロトニンの産生が減りうつになり、セロトニンから作られるホルモンであるメラトニンの低下により、睡眠や体のリズムが乱れるのではないかと考えられています。また、冬になると、暖かい部屋などに閉じこもりがちになり、体を動かさなくなります。これにより生活が不活発な状態が続くことで心身の機能が低下する、いわゆる『生活不活発病』も、冬季うつの要因のひとつではないかと考えられています」(廣瀬久益先生)
日照時間の減少や生活の不活発さが原因でうつ的な症状が現れるのが冬季うつとのことですが、具体的にはどのような症状が見られるのでしょう?また、一般的なうつ病との違いは、どのようなものなのでしょう?
「冬季うつの症状をひと言で言えば、『比較的軽いうつ状態』です。具体的には、ストレスなど思い当たる原因が無いのに気分が憂鬱になる、趣味や仕事など日常生活での物事への関心が低下する、なんとなく体がだるいといったものです。加えて、冬季うつ特有で、一般的なうつ病にあまり見られない症状としてよく知られているのが、過食と過眠です。うつ病では食欲に低下が見られるのが一般的ですが、冬季うつでは逆に、普段よりも食欲が増加し食べ過ぎてしまう過食となるケースがあります。また睡眠についても、一般的なうつ病ではなかなか眠れないことが多いのですが、冬季うつでは一日中眠ってしまうなど、睡眠時間が増加する傾向があります」(廣瀬久益先生)
そのような冬季うつに対して、治療はどのように行われるのでしょう?
「冬季うつの治療では、多くの場合、光療法として2,500~10,000ルクスの人工光を1時間前後浴びる高照度光療法や日光浴が行われます。光療法は比較的早く効果が見られ、1~2週間ほど続けることで症状改善が見られます。光療法で症状が十分に改善しない場合は、抗うつ薬による薬物療法を併用することもあります」(廣瀬久益先生)
日照時間の減少や不活発によって起こる冬季うつは、誰にでも起こる可能性のある「こころの不調」です。そこで廣瀬先生に、今すぐできる冬季うつ予防のための習慣(ルーティン)について教えていただきました。
ルーティン1:朝早く起きて日光を浴びる
冬季うつは日照時間の不足、つまり陽射しに当たる時間が減ることが原因のひとつと考えられているので、毎日朝早く起き、午前中に日光を十分に浴びることが効果的。できれば、後述する運動のためにも、朝の散歩やウォーキングなどがオススメです。
ルーティン2:規則正しい生活を送る
冬季うつの原因として日照時間の不足と併せて、いわゆる体内時計の乱れ(概日リズム障害)も指摘されています。このため、朝の早起きや運動も含めた規則正しい生活を送ることにより、体内時計のリズムを整えることが大切です。
ルーティン3:日々の暮らしに運動を取り入れる
運動をすることにより、人の気分を調整するホルモンであるセロトニンの産生が促進されます。また運動は、冬季うつの要因のひとつである、生活不活発病の予防にも効果的。運動は1日5分ほどの軽い散歩でも結構ですが、より効果的な予防や改善には30分ほどのジョギング、2時間以上のウォーキングなど、ちょっときつめの運動がオススメです。
ルーティン4:適切な栄養補給を心がける
セロトニンやメラトニンの材料となるタンパク質、セロトニンを調節する機能があるビタミンD、うつ状態の改善や予防に欠かすことのできないビタミンB群や亜鉛、葉酸といった栄養を含んだ食品を積極的に摂りましょう。具体的にはタンパク質やビタミンB群、亜鉛などを豊富に含んだ赤身の魚、ヒレ肉やささみ、レバーなど脂が少ない肉類、ビタミンDが豊富な干しシイタケ、野菜類などを摂りましょう。一方で炭水化物は、その分解にビタミンB群を多く消費するため摂取は控えめに。
廣瀬先生が理事長を務める新宿OP廣瀬クリニックでは、「薬だけに頼らない、その人の自然治癒力を引き出す心の治療」を行っていると伺いました。
「メンタルヘルス(心の健康)の基本は、その人が本来持っている自然治癒力を引き出して高めることです。たとえば、失恋は心に大きなストレスとなりますが、多くの人は自然に元気を取り戻します。人の脳には、そのような自然回復のメカニズムがあるのです。これを医学や栄養学など科学によってサポートするのが、私たち精神科医の役割。ですから冬季うつかなと思った時、今回ご紹介したルーティンでも症状が改善しない場合は自己判断をせず、必ず医療機関を受診するようにしてください」(廣瀬久益先生)
最後に、「もしかしたら冬季うつかな?」と感じている皆さんに、メッセージをお願いします。
「冬季うつは、いわゆるうつ病の中でも比較的軽いものですから、生活習慣の改善や運動、適切な栄養摂取により自然治癒力を引き出すことで、多くの場合改善します。朝早く起きて午前中から正午頃までに家事を済ます、1日5分でよいので身づくろいをして散歩をする。そんなちょっとした行動変容だけでも改善が見られるので、ぜひ取り組んでみてください」(廣瀬久益先生)
「なんだかちょっと、憂鬱だな」と感じたら、部屋にこもりがちにならず日光を浴び、規則正しい生活を送る。そして運動をし、栄養をしっかりと摂る。冬季うつの予防のために、今すぐ試してみてはいかがでしょう。