リトミックは誕生してからまだ日が浅く、19世紀末から20世紀にかけてスイスの音楽教育家であるエミール・ジャック・ダルクローズという人によって創案されました。リズムや音に対する身体的な反応・行動に着目したもので、子どもたちが個々に持っている「潜在的な基礎能力」の発達を促し、創造的な人間教育の手段としても広く活用できると言われています。リトミックの特徴を音楽教室「ルーチェ音楽療法&リトミック」の代表でリトミック講師も務めている井垣美奈さんに伺いました。
「講師が奏でる音楽に合わせて、子どもたちが自由に体を動かしたり楽器を演奏したりするリトミックは、実際に体験したことがない人から見ると、きっとお遊戯やダンスをしているように見えると思います。
しかし、リトミックはお遊戯やダンスとは異なります。一番の違いは“型”がないこと。お遊戯やダンスは見本や振り付けがありますが、リトミックでは、決まった振り付けはありません。子どもたちは音楽を聴き、その場で感じたことを感じたまま自由に表現します。リトミックは『楽しみながら自然と身に付く、体全体を使った総合音楽教育』なのです」(井垣美奈さん)
子どもの習いごとでリトミックを取り入れると、実際にどんな効果が期待できるのか、具体的なお話を伺いました。
「リトミックの効果は、ただ音楽能力が身に付くことだけではありません。リトミックは、特に幼児期の人格形成にも影響すると言われています。人間関係を築くうえで必要な能力や自己表現をする力などが、リトミックによって自然と身に付いていくのです。
例えば、共感力。アップテンポで楽しい音楽には満面の笑顔で体を動かす子どもが、短調の少し悲しげな音楽の時には悲しくて泣いてしまうなど、子どもの情緒を豊かにし、共感力を育てる効果がリトミックにはあります。
それだけではありません。音楽に合わせて体を動かすので集中力や注意力が身に付きますし、考える力も育ちます。レッスンではお友達と一緒になって歌ったり体を動かしたりするので、社会性や協調性も育っていきます。これから過ごす日常生活のさまざまな場面で大切とされる、コミュニケーション能力の基礎が得られるのです」(井垣美奈さん)
なるほど。音楽に合わせて表現することで、さまざまな感情を形成し、周りとのコミュニケーションを通じて多角的な能力が育つのですね。「一般的に知られていないけれど、実はこんな素敵な効果も期待できる!」というものはありますか?
「リトミックは音楽の枠を飛び出し、実はスポーツにも良い影響を与えるんですよ!サッカーやマラソン、野球や水泳など、すべてのスポーツにとってリズム感はとても大切な能力ですが、リトミックによって自然にリズム感が身に付くため、スポーツをしている子どもにも、とても良い影響を与えるのです。
実際にリトミックを習い始めることによって、『引っ込み思案であまり運動が得意ではなかったのに、運動会ですごく活躍したんです』『こんなに走れる子だったとは思いませんでした』と言って喜ばれるお父さん・お母さんもいらっしゃいます。
そしてもう一つの大きな効果が、自信や自己肯定感が育つことです。リトミック教室では、お友達を傷付けない、人に迷惑をかけないなどの最低限のルールはありますが、他には『してはならないこと』も、『しなければならないこと』もありません。『この曲は楽しい曲だから、楽しそうに表現しましょう』とか、『ここは手拍子を必ずしましょう』というような決まりは一切ないのです。
子どもたちは感じたまま、体を使って自由に表現します。手拍子をしてもいいですし、歌ってもいい。動き回るのも、もちろん大丈夫。例えば周りのお友達が『楽しい』を表現していても、自分が『悲しい』を表現したければ、それが正解になるのです。表現したものが周りの人と違えば違うほど、『こんな表現もあるんだね!』と言って褒められたりもします。こうして、子どもたちの自信や自己肯定感が上がっていくのです」(井垣美奈さん)
実は、これは一緒に通っているお父さんやお母さんにとっても良い影響を与えるそうです。「リトミックの最中は叱ったり注意したりすることがなく、褒める場面が多いので、親として嬉しい気持ちになります」と言うお母さんもいます。親もリトミックを通じて、子どもを自然と褒めること、個性を伸ばすことを学ばれる方が多くいると、井垣さんは教えてくれました。
リトミックは、子どもの年齢によってレッスンの内容が変わってきます。具体的なレッスン内容は教室によってさまざまですが、今回は井垣さんのリトミック教室で実際に行っているレッスンについて、一例を紹介してもらいました。
0歳~1歳
赤ちゃんは、目が見えるようになる前に耳のほうが早く発達します。お母さんのお腹の中にいるうちから、耳は聞こえているそう。そのため井垣さんの教室では、0歳児という早い段階から受け入れを行っているそうです。この時期の赤ちゃんは、お父さん・お母さんと一緒にリトミックのレッスンを受けることになります。
レッスンでは、音楽を聴いて楽しむ心を育てていくことを意識して、体全体を使います。おむつを替える時に歌を歌いながら赤ちゃんのお腹をさすってあげたり、足を持って揺らしながら、リズム遊びをしてみたり。まだ自分で立ったり歩いたりできない間は、赤ちゃんを抱っこして一緒に音楽を聴くだけでも十分です。
1歳~2歳
1歳を超えると、立ち上がることができるようになります。さらに、お返事ができるようになったり、お母さんたちの動きをまねすることができるようになってきます。そこで、お母さんと一緒に「いないいないばあ」をしたり、「アイアイ」や「おもちゃのチャチャチャ」など、動きをまねしやすい歌を取り入れてレッスンを行っています。
また、手の力がしっかりしてくる頃なので、タンバリンや鈴などの簡単なリズム楽器を使ったリズム取りもレッスンに取り入れています。
2歳~3歳
2歳を過ぎると、指や足を自由に動かせるようになってきます。そこで、じゃんけんや指で数字を数える動きなどをレッスンに加えていきます。井垣さんの教室では、少し音楽要素を強めて、体を使いながら「ドレミファソ」の音階を子どもたちに教えたりもしているそうです。
3歳を過ぎると、子どもは自我が芽生えてきます。そうすると、それまではお父さんやお母さんと一緒だったレッスンも、3歳くらいからはお父さん・お母さんとは離れて一人で受けられるようになってきます。音を聴いて音名で歌ったリ、リズムを打ったりするソルフェージュなどのレッスンが代表的です。
この頃から、お友達と一緒にレッスンに参加しながら、対等の立場の人とコミュニケーションを取ることを学んでいきます。
4歳~5歳
4歳くらいになると扱える楽器の種類が増えていきます。木琴や鉄琴などの少し複雑な楽器を扱えるようになるのもこの頃です。また、お友達と2人でペアを組んでレッスンを受けることができるのも、このくらいの年齢からとなります。
5歳~6歳
5歳を超えると、集団活動ができるようになります。ドラムやピアノなどの複雑な楽器も扱える年齢になるので、子どもによっては、ここから本格的な音楽教育を取り入れる子もいます。
なるべく早い段階からリトミックを取り入れたほうが効果的と、井垣さんは話します。それはなぜでしょうか?
「複合的な要素が子どもたちに良い影響を与えているため、早くからリトミックを取り入れるほど身に付くことは増えるのです。年齢・レッスンで『この能力が身に付く!』と、はっきりと線引きはできませんが、目安としてお伝えすると、注意力や集中力は0歳のレッスン内容から身に付き始めます。社会性・協調性などのコミュニケーション能力はお友達とかかわり合うようになる3歳以上のレッスン内容で得ることができます。さらに4歳、5歳と年齢が上がると、より表現力や創造力などクリエイティブな能力も伸ばせると思います」(井垣美奈さん)
子どもたちが楽しく学んでいるうちに、身に付くことが雪だるま式にどんどん増えていくイメージなのですね。効果を想像しながら、レッスン内容をぜひチェックしてみてください。
リトミックそのものをおうちで取り入れることは難しくても、リトミックの要素を使っておうちでできることはたくさんあると井垣さんは言います。
「例えば、お母さんが歌を歌いながら表情を付けてみたり、テンポを変えてみたり。子どもの動きに合わせて歌ってあげるのも、良いレッスンになります。日本には四季がありますから、四季を感じられる歌を選ぶのも素敵ですね。
おうちに音階が奏でられるピアノやギターがあるとより良いですが、楽器がなくても気にすることはありません。例えば、ペットボトルにどんぐりを入れればマラカスとして使えますし、ボールやハンカチなどを使いながら、音楽に合わせて動いたり遊んだりすることもできます。
意外にいろいろなことに使えるのが新聞紙です。くしゃくしゃにまとめるとボールにもなりますし、歌に合わせて破ることで、音を出すこともできます。まずは、お母さんが楽しみながら、身近なものを工夫してリトミックに使ってみてください。
おうちでリトミックを楽しむ時には、音と振動には気を付けましょう。集合住宅で下の階や隣に人が住んでいるご家庭では、特に振動には注意してください。足を踏みならしたり、鍵盤を弾いたりすると、自分が思っている以上に下の階や隣に振動が伝わってしまっていることも。おうちでストレスを感じずに、リトミックを楽しみながら続けるためにも、周囲への配慮は大切です。
おうち時間も増えた今、ぜひリトミックの一部を、子どもと過ごす日常生活に取り入れてみてほしいです」(井垣美奈さん)
リトミックがただの音楽教育ではないことが想像できましたね。生活していくために必要な能力が身に付くとともに、親子やお友達と接する時間も増え、楽しいコミュニケーションが生まれるリトミック。子どもたちの明るく楽しい未来を想像しながら、チャレンジしてみてはいかがでしょうか。