自宅でハンドメイド作品やお菓子、パンなどを販売する「おうちショップ」。比較的少ない資金で開業できるメリットがあり、自宅の庭や室内を少し改装してショーケースを設置したり、カフェをオープンする方が増えています。オーナーさんの中には、ほかに本業を持っている方や子育て中の主婦の方も多く、週末限定でオープンするなど、ライフスタイルに合わせて営業できることも魅力です。
また、InstagramなどのSNSで場所や営業日の告知ができるため、アクセスしにくい住宅地のお店でも、「知る人ぞ知るショップ」としてお客様が集まっています。「おうちショップ」は、SNSが当たり前になった今だからこそできる販売の形と言えるかもしれません。
そこで、実際に「おうちショップ」を開店し、Instagramにアップされたスイーツやパンが話題となっている3人のオーナーさんに、自宅でお店をオープンしようと考えたきっかけやショップ運営の魅力などを伺いました。
神奈川県葉山町にある住宅の一角で手作りスイーツを販売する「three-o'clock」。オーナーの杉田美穂子さんに、自宅でお店をオープンしたきっかけをお聞きしました。
「子どもの頃からお菓子作りが大好きだったのですが、『杉田さんのお菓子なら買うよ~』というママ友からの一言で、友人のお誕生日ケーキを作ったりし始めたんです。最初の数年間は月一でお菓子を販売し、メール会員という形で顧客数をある程度把握しながら、開店の目途を立てていきました。その後自宅兼店舗として中古物件を購入し、1年かけてゆっくり自分で改造。営業許可を得て2010年4月にお店をオープンしました。内装はお金をかけずに、『小さくても居心地のよい空間』を目指して手作りしました。庭から入る部屋をお店にしたのもお気に入りですね。期せずして隠れ家っぽくなりました」(杉田さん)
お庭を見ながら訪れるショップ、ステキですね。杉田さんの作るスイーツには、どんなこだわりがあるのでしょうか?
「『お母さんの手作りケーキ屋』がコンセプトです。メニューは本格的なフランス菓子ではなく、ホームメイドケーキが中心です。材料は自分の家族に作るのと同じように安心して使えるもので、基本は粗製糖、平飼い卵、国産小麦粉、そして遺伝子組み換えでない材料を使います。『甘すぎない、でも幸せを感じられる甘さ』を意識して、季節感も大切なので月ごとにメニューを変えています。近頃は米粉のお菓子やケーキのリクエストが増えましたね。最初は準備に1週間かかっていましたが、今はほぼ2日で仕込めるようになり、それなりに進歩したと思います」(杉田さん)
味も形も自由にお願いできるオリジナルケーキの注文を受けているという杉田さん。これまでのオーダーで、難しかったもの、苦労したものはあったのでしょうか?
「オーダーケーキは『お店をやりなよ』と言ってくれた友人の『私の誕生日ケーキを作ってみて』の一言から、試行錯誤が始まりました。今まで作ったケーキの中では、大阪城、『千と千尋の神隠し』の油屋が印象に残っています。毎回苦戦しているんですが、受け取りに来てくださった方がケーキを見た瞬間、『わ~!!』と声をあげて目を輝かせるのを見ると、全ての苦労が吹き飛びます」(杉田さん)
1つ1つのおかずがスイーツで作られている、まるでお弁当のようなケーキ。
今後お店をどのようにしていきたいと考えているのか、新しい試みなどについても伺いました。
「よく『お菓子教室をやってほしい』と言われていたのですが、これまではなかなか時間が取れないし自己流なのでどうかな……と躊躇していました。最近は仕込みにも慣れて少し余裕が出てきたので、要望があるなら新しいことにチャレンジしてみるのもいいかなと思っています」(杉田さん)
三重県いなべ市の住宅街で話題の「小さなパン屋 teto」は、おうちをショップにして、自家製酵母と国産小麦のパンやベーグルを販売しています。オーナーの二井真弓さんに、こだわりをお聞きしました。
自宅でパン屋さんを開店されるまでに、どのような準備をされましたか。また店名にはどのような思いを込めているのでしょうか。
「開店前は独学で2年ほど、ほぼ毎日のように自宅でパンを焼いていました。ホームベーカリーから始まり、自分で酵母を育てるまでになって。少しずつ準備をして、自宅の敷地内にパンの製造と販売ができるパン小屋を増築し、小さなお店をオープンしました。店名の『teto』は、『手と』という意味でつけた名前です。手で触れて形を作って『パンを通して作り手の思いを伝えられたら』と、このお店を開きました」(二井さん)
自分で育てた酵母で作るパンは、どのようなものなのでしょうか。
tetoさんの自家製酵母
「北海道産小麦と自家製酵母を使って、じっくりゆっくり発酵させ、小麦本来の甘みや酵母の風味を楽しんでいただけるようなパンを焼いています。自分で酵母を培養し、ゆっくり時間をかけてパンを作ることにより、小麦本来の味が楽しめると思いますし、ぷくぷく育つ酵母を見ていると私自身、幸せな気持ちになりますね。酵母のお世話はほぼ毎日必要なので、長期の旅行などはできないのですが、そんな苦労をしてでも自家製酵母にこだわっていきたいです。個性的な酵母たちが作り出す香りや味は、ほかにない魅力があります」(二井さん)
二井さんが大切に育てた自家製酵母のパンは、手間暇をかけただけの味わいがあるのでしょうね。訪れるお客様はリピーターが多いと聞きましたが、お客様の反応や売れ行きはどうですか。
「お客様の9割は女性で、何度もリピートしてくださる方が多いです。営業日の前日にラインナップやおすすめ商品をInstagramで配信しているのですが、作ったパンたちはほとんど売れ残ることなくお嫁に行ってくれて嬉しいです。中でもベーグルは人気商品で、日によっては早く完売してしまい、せっかく来ていただいたお客様に行き渡らないことがあって、申し訳ない気持ちになります」(二井さん)
自宅=職場というのは、日常生活とショップ営業との両立が大変だと思いますが……。
「今はほかに仕事を持っていないですし、週に1~2日くらいの営業にして、無理なく家事と両立できるようにしています。生活との両立を考えると、自宅と職場が近いというのは私にとって一番のポイントになっていますね」(二井さん)
「おうちが職場」という環境でパン屋さんを開業する夢を叶えた二井さん。これからやりたいことや目標などを教えてください。
「オープン当初よりもたくさんのパンを焼けるようになり、徐々に品数が増えてきました。2種類の酵母を使用していたところを3種類に増やし、それぞれの特性を生かしたパン作りができるようになりましたし、ショップとして進化してきていると思います。今後はベーグル以外のパンの数を増やし、少しでも多くの方が幸せになれるパンをずっと作り続けていきたいですね」(二井さん)
最後にご紹介するのは、札幌市北区の住宅街で、2019年5月にオープンした「手作り洋菓子&雑貨のお店 moco」。念願の「おうちショップ」をオープンした土井薫さんにお話をうかがいました。
お店を開こうと思ったきっかけはどんなことだったのでしょうか。
「私は10年間パティシエをしていまして、子育てのため14年ほど仕事から離れましたが、幼稚園の行事でケーキ教室を開いたり、友人にお誕生日ケーキを作ってあげたりしてきました。そんな中で、ケーキの一番美味しい瞬間は作り手がよく知っていると思い、その美味しさをお客様に味わってもらいたくて、自宅でお店をオープンすることにしました」(土井さん)
オープン前からInstagramでお店の紹介をしていたそうですね。ほかにも宣伝はされたのですか?
「ゼロから始めるケーキ屋さんとして、オープンの1年前から準備の様子などをInstagramでご紹介していきました。最初からおうちをショップにする形を考えていたので、まずは図面を持って区役所へ行き、リフォームをどのようにすれば営業許可が下りるかを相談。その後、食品衛生の資格を取りに行き、取り引きしてもらえる業者さんを探してと、1年かけての準備でした。オープン日が決まってからは、フライヤーを作って子どもと週末に配り歩いて。現在来店してくださるお客様は、ご近所の方やInstagramを見て、という方が多いです。『お使い物で焼き菓子をもらって美味しかったので……』と足を運んでくださるお客様もたくさんいらっしゃいます」(土井さん)
土井さんのお店にはスイーツのほかに雑貨も並んでいますが、スイーツと雑貨、それぞれのこだわりを教えてください。
「お店のモットーは『本当の作りたてケーキを提供すること』で、足を運んでくださる地域の皆さんを大切にしたいと思っています。オープン当初、ケーキは5~6種類程度でと考えていましたが、お客様がニコニコしながらケーキを選ぶ姿が嬉しくて、だんだん品数が増えてきました。雑貨は本当に手が空いた時間のみ制作することにして、そのほかは私がお気に入りの手作り作家さんにお願いして、作品を置かせてもらっています」
作りたてのケーキとお気に入りの雑貨が並ぶ、土井さんの夢が詰まったお店。念願が叶った今、土井さんはどのような思いで店頭に立っていらっしゃるのでしょうか。
「今まで身内や友人からの褒め言葉だった『美味しい』をたくさんのお客様からいただき、何度も通ってくださっていることは本当にありがたいです。パティシエと主婦、母業の両立が大変で寝不足の日々が続くこともありますが、これからも変わらず『近所のいつものケーキ屋さん』であり続けたいと思います」 (土井さん)
これから「おうちショップ」オープンの夢を実現させたいと考えている方は、どんな心構えが必要なのでしょう。実際に「おうちショップ」を開店したオーナーの皆さんに、ショップ運営のメリット&デメリットについてお聞きしてみました。
「やはり『おうちショップ』の最大のメリットは、通勤時間がゼロなので24時間フルに使って家事と仕事をやりくりできることですね。ただ、ご近所さんににぎやかなのを好まない方がいらっしゃれば配慮が必要ですし、仕事とプライベートの切り替えが難しいこともデメリットと言えるかもしれません」(杉田さん)
「特にまだ困ったことはありませんが、個人情報については気を付ける必要があると思います。でも、自宅に仕事場があるので通勤時間がなく、家事の合間を使って自由に仕事ができるのは本当に大きなメリットです。特にパン製造は朝早くから仕事をするので助かっています」(二井さん)
「自宅なので家賃等がかからず、経費を抑えてお店を持てたことがよかったです。お休みの日もお客様がご来店されチャイムが鳴る日もあり、ゆっくり家族が休む時間は少なくなってしまったかもしれませんが……」(土井さん)
仕事とプライベートの区切りがないことは「おうちショップ」の大きなメリットですが、デメリットにもなり得る、ということをあらかじめ想定しておくことが大切ですね。
しかし、様々な苦労を乗り越え「おうちショップ」のオーナーとして得られたものは、人との出逢いだと皆さんはおっしゃいます。「お客様はもちろんですが、支えてくださる業者さんや地域の皆さんの温かさ、優しさに感謝の気持ちしかありません」と土井さん。
さらに杉田さんは、ビジネス的な視野が持てたことも収穫だと言います。
最後に、これから「おうちショップ」にチャレンジしたいと考えている方へ、先輩オーナーさんからメッセージをいただきました。
「めちゃくちゃ忙しいですが、店舗を借りての営業ではないので自分のペースででき、家族や環境の変化に合わせて無理なく続けていくことが可能だと思います。まずは『何月何日にOPENする!』と決めてください。するとそこに向かって全てが動き出しますよ」(杉田さん)
「全て1人作業ですから大変なこともありますが、好きな仕事を生活の一部としてできるので、おうちショップはおすすめです。責任は伴いますが、その分得るものも大きいです」(二井さん)
「夢を目標に変えた瞬間、走り出してください。なりたい、やりたいではなく『なる!やる!』と決めた時からが目標です。私はやってよかったと心から思っています」(土井さん)
自分の技術や経験を生かしながら、ライフスタイルに合わせて開業できる「おうちショップ」。夢を叶えるため、さっそく一歩を踏み出してみませんか?