認知症の義母「ばあさん」を在宅で介護したというイラストレーターのなとみみわさん。ブログ『あっけらかん』では、同居から看取りまでのおよそ9年間にわたるばあさんとの日常のやりとりに加え、長男ブルースくんや愛犬も登場。認知症の高齢者と過ごす家族の『あるある』なシーンが、マンガ形式で盛りだくさんに描かれています。
家族や周囲に同じような認知症高齢者がいる人にとっては共感できる部分が多く、悩みを抱え込んですさみがちな心も、ふっと軽くなるような内容ばかりです。また、高齢者とさほど普段の生活の中でかかわり合いがなく、介護なんて遠い未来のことと自分ごとに考えにくい世代なら、ユーモラスなタッチのマンガにくすっと笑いながら、介護を身近なものとして捉えるきっかけになるのではないでしょうか。
そもそも、なぜなとみさんは、このようなマンガやコミックエッセイを描くことになったのでしょう。
「もともとは、息子の育児についてマンガを挿入したブログを綴っていました。ところが、ばあさんの天然ボケぶりが半端なくおもしろくて、いつのまにかばあさんネタが増えていったんです。今となってみれば認知症が多少出ていたのかもしれませんね。読者の方々からの大きな反響もあり、自然に介護テーマにシフトしていきました。実の親子だとマンガのネタにするのは難しかったかもしれませんが、ばあさんは夫の母なので他人です。同居しているとはいえ少し距離のある客観的な目線で、老いていく姿を題材にできたのだと思います」(なとみさん)
あっけらかん「毎日」
イラストレーターとして仕事を抱えつつ、在宅介護をしていたなとみさん。
「デイサービスに行っていると嫁がラク、ということをばあさんは分かっていました。行かないと息子(なとみさんの夫)にも怒られるし、お友達とデイで話すのも楽しみにしていましたね。私は使える“カード”はすべて使い切ろうと、ケアマネジャーさんに相談し、介護保険などあらゆるものを駆使して助けていただきました。
とはいえ、日々変化しながらも着実にばあさんの老いは進んでいくし、介護をしているといろいろなものを抱え込んで、気持ちが真っ暗になってしまうこともあるんですよね。うまくいかずにイライラすること、腹が立つこと、排せつや介助などの大変なことで、日常生活のさまざまなパーツが、オセロのように真っ黒に変わっていく。白く返していくことはパワーもいるし、とても大変です。
そこで、家族内で抱え込んでしまうとブラックな出来事を、『マンガのネタにしよう!』『ネタ発見!』と考えを変えてみました。マンガに仕上げるプロセスで、客観的に状況を捉えることができるので、意外なほどにすっきり浄化できたんです。第三者に発信するために介護に向き合うことが、私や家族の、介護の重苦しい状況を改善してくれました。だから、介護で大変なことをSNSなどで発信してみると、重苦しさが発散できるのでおすすめです」(なとみさん)
なとみさんの介護マンガは、人気の「あっけらかん」ブログのほか、Instagramでも見ることができます。InstagramというSNSで発信し続けたおかげで、介護という同じテーマで結びついた人同士のやりとりが生まれているそう。
「私のブログやInstagramでは、共感してくださった方がコメントをつけてくださったり、ご自身の介護の中での工夫や解決方法、経験談などについてコメントしてくださいます。そのコメントがまた誰かの役に立つ。そのうち、コメントをつけた方同士で知り合って情報を交換しあって……というコミュニティになっているといいなと思います。立場や状況は違えど、介護に対するさまざまな情報を得られて、辛い時も心の支えになるようなコミュニティが自然と醸成されていったことがとてもうれしいです」(なとみさん)
また、母を介護する同業者仲間たちと、ストレス発散の場としての飲み会を開催し、日々の介護について語ったことが心の支えになったといいます。オープンに会話をすることで、溜まっていたものを忘れてリフレッシュしたり、明日からの介護へのモチベーションにつなげたり。リアルやSNSを上手に活用することで、介護される側だけでなく介護する当事者自身も、心身のメンテナンスをすることができるんだそう。
あっけらかん「ディサービス」
毎日のばあさんの言動のあれこれを昇華して、誰にでも分かりやすいマンガに仕立てているなとみさんですが、ばあさんの介護を経験したことで、ご自身の心境に何か変化はあったのでしょうか。
「介護生活は大変だったけれど、学んだことはたくさんあります。ばあさんを看取って、さまざまな困難を乗り越えたからこそ、自分が成長できたと今は感じています。ばあさんはオムツは拒否派、自分でトイレに行きたい人だったので、夜中の2時3時ごろに起きてトイレに行くと、間に合わなくて漏らしたり、転んだり、便が壁や床についちゃったりします。自然に介助をするために、私は起きて待つ日々を過ごしました。息子である夫は、実の母の老いていく姿を受け入れられず、手伝ってくれない時期もあり、ギクシャクしたことも。
そんな空気の張りつめた家庭でも、長男ブルースが帰ってくると、ばあさんに対して『髪型がアニメみたい』というような無責任極まりないことを言ったりしてくれます。そんなあの子がいたから、笑って気分を軽くできていたんだと思います。そういう介護の現場の重たい空気を打破するような、孫などの存在が何かあるだけでも、違いますね」(なとみさん)
このような経験から、なとみさんは自分が老いていく時には、自ら率先してオムツをはこうと決めたそうです。家族の数だけ介護の仕方もあり、高齢者も認知機能のレベルもタイプも人それぞれです。自分でトイレに行くことに最後までこだわる人ももちろんいるし、粗相してしまったパンツを、タンスの奥などに隠したりすることも、介護現場ではよくある話だそう。
オムツの話は一例で、介護経験を通してなとみさんが気づいた大事なことはたくさんあります。
「絶えず死との向き合い方を考えるようになりました。『自分はこの先の限りある命をどのように生きようか、どのように使おうか』ということです。『仕事はあれやりたい、プライベートはこれやりたい』の選択に時間がかからなくなりました。断捨離も上手になり、要らないものを片づけています。苦手な人間関係もやめて、私はかなりスマートな考え方になりましたね。更年期と病気も経験し、骨粗しょう症でぎっくり腰にもなり、年齢を受け入れることにも抵抗はなくなりました」(なとみさん)
あっけらかん「孫の存在が闇を消す」
Instagramで、若い読者の方から祖母を思い出した、というメッセージを受け取ったこともあるなとみさん。小さいころから同居していた人には、なとみさんの介護のワンシーンワンシーンが刺さるそう。でも、核家族化の進む今、介護職などに就く方がなかなか増えないのは、高齢者介護のイメージがしにくいこともあるのかもしれません。
「私は、ケアマネジャーさんやデイサービスの方、訪問診療など、介護のプロたちにお世話になり、たくさんのことを支えていただきました。おかげで、いろいろと抱え込みすぎずにやってこられたことを、とっても感謝しています。ばあさんを自宅で看取る態勢を考えたり、たくさんのアドバイスをいただいたり……。ばあさんも我々も、いい最期を迎えられたのではと思います。私自身いきなり介護の現実を突きつけられたので、介護のプロのみなさんがいなかったらどうなっていたか。
小学校の授業で、誰にでも訪れる『老い』や認知症のことをもっと教える機会があってもいいのかな、とも思います。近所には徘徊するおばあさんがいますけど、「徘徊高齢者については警察よりも地域包括センターに連絡する方がいい」とか、私も以前は全く知らなかったことばかりです。
現在、国の政策は在宅介護にシフトしていますので、介護の必要な高齢者の情報を、何かあった時のためにご近所と共有しておくことも重要です。いざ介護となった時に慌てないためにも、介護や高齢者についての知識があったら、慌てずもっと寛容になれるのではと思います。そういった意味で、私のマンガを読んで、介護をするってどんなことなのか知ってみてください。特に若い方に介護を身近に感じ、イメトレをしてもらえるとうれしいですね」(なとみさん)