手話は、聴覚障がいのある方と手や指を使ってコミュニケーションを取るために生み出されたものです。今回は、手話ニュースキャスターやテレビの手話講座の講師などを務め、手話通訳士として活動をされている、谷千春さんに手話の基本を教えていただきます。
日本の手話は、日本語の会話の語順通りに単語を当てはめて表現する「日本語対応手話」と、表情や空間も利用して少ない単語数で表現する「日本手話」の2つの形式があります。
「日本語対応手話」は、「てにをは」も含めて表現するため、日本語のニュアンスをそのまま正確に相手に伝えられます。日本語と同じルールになるので、後天的に耳が不自由になった方に多く用いられる手話です。一方、「日本手話」は、少ない単語数で表現するため、テンポ良く会話ができます。生まれつき耳が不自由な方に多く用いられる手話で、テレビ放送でも用いられています。今回は「日本手話」を教えていただきます。
「日本手話」は、手指や腕を使った動作だけでなく、表情や口の形なども加えて、伝えたいことを表現します。手話で伝える時のポイントをチェックしてみましょう。
POINT1:表情
「楽しい」「悲しい」「困った」といった内容では、手指と合わせた表情をすることで、スムーズに意味を伝えられます。手の形が同じでも、表情によって問いかけや誘い、否定など意味が変わる場合もあるので、表情も合わせて伝えるように意識しましょう。
POINT2:口・声
聴覚障がいのある人の中には、手指や表情だけでなく、口元の動きを見て、会話の内容を読み取る人も多くいます。そのため、手指や表情と合わせて、口をはっきり動かすことで伝わりやすくなることも。冬場や花粉症の時期にはマスクを外すことで、手話がより伝わりやすくなることもあるそうです。また、聴覚障がいがあっても聴力が多少残っている方の場合は、一緒に声を出すのも良いでしょう。
POINT3:手指
単語によっては、指の形や動きが違うと、まったく違う意味になってしまう場合もあります。正確に、そして手指の動きが相手にはっきり見えるように動かしましょう。また、手話を表現するのは基本的には自分の利き手になりますが、左右が逆になっても意味は通じるので問題ありません。谷先生も左利きですが、手話通訳士として困ることはほとんどないそうです。
聴覚障がいのある方は、日常生活でも困ることが頻繁にあります。自分が呼ばれていても分からない、駅や車内のアナウンスが聞こえない、周囲の危険が察知しにくいなどさまざま。聴覚障がいのある方の世界を知ることで、心の距離をより縮めることができます。
【聴覚障がいのある方が日常生活で困りがちなこと】
・困っていることに気づいてもらえない
聴覚障がいのある方は見た目だけでは分からないことが多く、周囲の音や声が聞こえずに困っていることに、なかなか気がついてもらえないことがあります。
・呼ばれていることに気づかず、相手に誤解される
離れた場所や背後など、見えない場所から声をかけても、聴覚障がいのある方は気づくことができません。返事や応答がなく、「無視された」と誤解を受けてしまうこともあります。
・内容が理解できないまま話が進んでしまう
聴覚障がいのある方には、何度も聞き返したり、話をさえぎったりすることを遠慮してしまうことがあります。内容が分からないまま話が進んでしまい、理解しているはずなのに行き違いが生じてしまうこともあります。
・周囲の状況や気配を察知しにくい
聴覚障がいのある方は、身の回りの危険を知らせる音が聞こえません。例えば、自動車のクラクションや自転車のベル、火災報知器の音や防災放送など、命に関わる危険にさらされることも少なくありません。また、警察や消防に緊急で連絡をしたくても、インターネットやメール、FAXしか使えず、電話をすることができない不便さもあります。
・コミュニケーションが取りにくい
病気や事故などにより、後天的に耳が聞こえなくなった方の中には、手話が十分に理解できない方もいます。また、聴覚障がいのある高齢の方の中には、文章の読み書きが苦手な方もいます。相手の状況に合わせて、コミュニケーションの方法やスピードを選ぶことが大切になります。
・「聴導犬」の存在はあまり知られていない
視覚障がいのある方をサポートする「盲導犬」と同じように、聴覚障がいのある方には「聴導犬」という大切なサポーターがいます。しかし、盲導犬と比べて認知度が低く、全国的に数も少ないため、お店への入店を断られたりすることも少なくありません。
一方で聴覚障がいのある方には、聴覚以外の感覚や能力が発達しているケースも多くみられるそうです。例えば、視覚情報にはとても敏感で、周りの変化にいち早く気がつくという方が少なくありません。他にも、手話を日常的に使うことで表情がまるで役者のように豊かになったり、相手の表情や感情の変化を素早く読み取ることができるようになったり……といった例が挙げられます。手話を覚えることで、さまざまな感性の人とコミュニケーションを取る機会が増えることでしょう。
手話にチャレンジしやすい場面としては、駅や街中などで聴覚障がいのある方が困っているような時です。「何かお困りですか?」「お手伝いしますか?」という、サポートの声かけに加え「こんにちは」「ありがとう」などのあいさつを中心に、基本の手話をご紹介します。
※イラストでは、右利きの人を見本にした動作を説明しています。
1)「何かお困りですか?」
1.利き手を軽くすぼめてこめかみに当て、前後に動かします。困って頭をかいているような様子で「困る」という意味を表します。
2.利き手の人差し指を立て、左右に2~3回振ります。「何」という意味を表します。
2)「お手伝いしますか?」
1.利き手とは逆の手の親指を立て、利き手の平で2回、親指を前に押し出します。「助ける」「支持する」「協力」「援助」の意味を表します。
2.利き手の甲を相手に向けて構え、前に出します。自分の耳から相手に質問をしているという様子から「~ですか?」という意味を表します。
3)「こんにちは」
1.利き手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、顔の中央に立てます。時計の文字盤に見立て、「昼・正午」という意味を表します。
2.人差し指を伸ばした両手を向かい合わせ、指先を同時に曲げます。二人が向かい合って「あいさつ」をする様子を表します。
4)「ありがとう」
1.両手の指先を伸ばし、手の甲の上に利き手をのせます。
2.手の甲にのせた手を、上にあげます。 相撲の手刀を切る動作が由来と言われており、「感謝」「おかげ」という意味を表します。
5)「I love you」
利き手の人差し指と中指を曲げ、他の指を伸ばします。「I love you」という意味を表し、国境を越えて、世界中の人が理解できる手話の一つです。ハワイの「アロハ!」に似たニュアンスで、「やあ!」「ごきげんよう!」「ありがとう!」といった、さまざまなあいさつに使われます。
あまり触れる機会の少ない手話ですが、ニーズは高まっており、国家レベルでも手話を身近にしようという動きが出ています。総務省の「放送分野における情報アクセシビリティに関する指針(※http://www.soumu.go.jp/main_content/000531258.pdf)」では、聴覚障がいのある方に向け、NHKと地上系民放で2027年度までに、週に15分以上、手話付きの番組を放送することが求められています。
ダイバーシティに取り組む企業が増え、人の多様性が広がっている現代社会において、手話は重要なコミュニケーション手段の一つです。今回紹介した5つの手話で話しかけることができれば、聴覚障がいのある方ともコミュニケーションを取ることができます。声をかけた後は、筆談をしたり、スマホに文章を書いたりするなど、別の手段でコミュニケーションを深めることも効果的でしょう。
「きちんとできないと恥ずかしい」と尻込みしてしまう人も少なくありませんが、聴覚障がいのある方は、手話で話しかけてくれること自体がうれしいと言います。手話の基本を身につけて、新しいコミュニケーションの世界への一歩を踏み出してみましょう。