近年、「終身雇用」という働き方がすでに過去の価値観となってきています。転職をしながら自分らしいキャリアや収入、やりがいなどのワークライフバランスを自ら向上していくことが当たり前になり、個性や才能を生かして理想の職場へ転職する人が増えている一方で、転職活動の道筋が見えず悩む人も多くなっているようです。どうしたら理想の職場を見つけ、自分を上手に売り込めるのでしょうか。
今回は、主に外資系大手のコンサルティング会社に24年以上関わりながら、5万人以上の人事戦略提案と、6,500名を超える幹部の選抜・育成をリードしてきたという人事・戦略コンサルタントの松本利明さんに、プロならではの「選ばれる転職活動」のコツを伺いました。まず、松本さんはなぜ、人の才能を見極めるプロとして活躍するようになったのでしょうか?
「学生の頃に、某大手企業が学生向けに行っていた天才塾という塾に通っていたんです。そこでは、例として一つの商材をとりあげ、この商品を売るためのアイデアをプレゼンテーションする、というようなことを皆で徹底的に考えて発表する課題をいくつもこなしました。それぞれの考え方でプレゼンをする中で、僕はどちらかというと、自分が広告塔になるよりも自分が参謀の役割になり、人に関わって才能を引き出す方が向いていることに気づいたんです。それまでは漠然と、自分自身の就職はマーケッターかIT関連かな?と思っていたのですが、その気づきがあったおかげで人事戦略への興味を持てたことが、今の仕事につながっています。現在は企業向けのコンサルティングに加え、キャリアアップを目指すビジネスマンや就職を控えた大学生、子育てと仕事を両立したいワーキングマザーなど、多くの可能性を持つ人と交流しながら、それぞれに適していると思う働き方をアドバイスしています」(松本利明さん)
自分よりも、他人の才能や長所を見極めるのが得意だという根っからの「参謀体質」な松本さん。これまでに数多くの人事戦略を支えてきた経験の中で、今の転職事情にはある特徴が見られるとのこと。
「少し前までは、就職といえば終身雇用や大手至上主義といったいわゆる安定志向が当たり前でした。どんな仕事をやりたいかというよりは、会社の規模やブランドで就職先を選んでいた時代ですね。一方、今は働く形にもさまざまなスタイルがある時代になりました。例えば正社員であっても副業が可能だったり、在宅ワークの環境が整っていたりします。独立や、地方や海外で働く選択も当たり前になってきていますよね。しかしながら新型コロナウイルス感染症の影響や、世界的に低迷する経済事情から、残念ながら企業の採用数はしばらく減少傾向が続くと予想されます。選択肢は多いものの、誰もが希望の職場で働ける状況とは言いにくい中で『転職したいけれど、自分がどんな職場に向いているのかわからない』という人からの相談が非常に多くなっています」(松本利明さん)
生活環境の変化や経済の低迷などに影響されて働き方の形がめまぐるしく変わる今、時代や社会にまどわされずに自分のキャリアアップを叶えるためには、どうしたらいいのでしょうか?
これまで、企業だけでなく、多くの学生やワーキングママなど、個別の相談者にも自分らしいキャリアの組み立て方のアドバイスを行ってきたという松本さん。世代やライフステージごとにその方程式は異なるものの、どんなケースでも松本さんが一貫してアドバイスしていることがあるそうです。
「相対的(他のものと比較した価値)ではなく、人と比べられない『あなただけの価値』を見つけてアピールすることです。よく面接で『あなたの強みは何ですか?』という質問がありますが、ここでいかに自分を印象付け、プレゼンテーションできるかが大切。その時、ついやってしまう失敗が『自分の経歴』を引き合いに出してしまうパターンです。例えばあなたがプログラマーだったとして、『A社で10年プログラミングをしていました』とアピールしたとします。ところが隣には同クラスのB社で12年経験を積んだ人がいた場合、あなたは一番でなくなってしまう。同じポジションには同じような経歴を持った人が集まるので、その経歴を強みにしたところで、よほどのことがない限りはっきり言って負けてしまいます。偶然一番になれたとしても、後から自分より強い人が出てきたらやっぱり負ける。経歴は信頼感にはつながりますが、『あなただけの価値』にはならないことをまず覚えておきましょう」(松本利明さん)
ただ、頭でわかっていても「自分が人より優れていると言えることが見つからない……」という人は多いはず。いつでもどこでも自信を持ってアピールできる、自分だけの価値を見つけるにはどうしたらいいのでしょうか?松本さんに寄せられた相談から、世代や性別ごとによくあるキャリア設計のポイントを教えてもらいました。
<パターン1>就職活動中の学生の場合
「学生からよくある質問は『自分のアピールポイントがわからない』というもの。この時に試してほしいのが『苦手なことを書き出す』という簡単なワークです。人は自分の優れたことより、苦手なことやコンプレックスは意識しやすいので、きっといくつも書き出すことができるでしょう。実はこの反対、対極にあるものが自分のアピールポイントなんです。例えば、無口で目立たないことがコンプレックスだという人は、実は『コツコツと没頭できる』という資質があります。神経質な人は『細やかな気遣いができる』し、ずぼらな人は『打たれ強い』など。この、コンプレックスの逆側にある言葉をたくさん集めると、前向きな自分らしさが見えてきますよ」(松本利明さん)
<パターン2>ベテラン技術職が転職にチャレンジする場合
「新卒と違い、即戦力が求められる中途採用は、今まで積み重ねた経験や実績が問われます。今のままでなく、さらにプラスアルファしたキャリアアップを目指すのであれば、過去のキャリアに、自分らしい『オリジナルな要素』を加えましょう。例えば同じプログラマーの仕事でも、自分は仕事が早いほうなのか、特化したジャンルに詳しいのか。あるいは、教えるのが上手なのかといった視点もあります。仕事が早いのであれば会社員にこだわらず、独立し多くの仕事をこなして効率よく稼ぐという選択肢があるかもしれないし、教えるのが上手であれば、プログラミングの現場から教育職へのキャリアアップを視野に入れることもできるかもしれません」(松本利明さん)
<パターン3>子育てと仕事を両立させたいパパ、ママの場合
「子育て中のパパ、ママにはぜひ、限られた時間の中でもハッピーになれるキャリアアップを叶えてほしいですね。これは私の身近な好例ですが、友人に、日本を代表する元DJの方がいらっしゃるのですが、彼は結婚を機にDJの仕事を減らし、DJの持ち味を生かしたイベントプロデュース業に加え、もともと趣味だった「バーベキュー」をビジネスにし、収益化に成功しました。DJをしていたので人を楽しませることが得意で、子守りも大得意。また、バーベキュービジネスでは、彼の人脈を生かし、こだわりの食材を特別に仕入れ、付加価値を持たせました。こうした彼らしい得意技を集めることで、本業のイベントプロデュース業に加え、ライフワークを楽しみながら持ち味と趣味を生かした副業も手に入れました。私はこれを『ポジションの逆張り』と呼んでいます。ライバルがいない場所で自分のキャリアを生かすことで、自分の経験や得意技がもっと価値のあるものになります。キャリアは、上だけを目指さなくてもいいんです。別の場所へスライドしながら、より自分らしいポジションを見つけるという考え方もありですよ」(松本利明さん)
「要は人から『ありがとう』と感謝されることを集めていくことが大事」とおっしゃる松本さん。自分だけのものさしではなく、他人から求められ、感謝されることの集合体が、あなたが本当にアピールすべき価値になるのかもしれませんね。
「いつの時代でもブレない自分のアピールポイントは、自分ではなく他人からの評価に答えがある」と言う松本さん。一方、寄せられる相談の中には「他人はともあれ、とにかく自分が好きなことを仕事にしたい!」という内容も少なくないのだとか。そうした場合、松本さんはどのようなアドバイスをしているのでしょうか?
「好きなことがそのまま仕事になり、十分生活できるくらい収入が得られたら理想的ですよね。ただ、やりたいことで稼げるようになるには『自分がその仕事で秀でる資質があるかどうか』と『秀でていたとして、求められる市場があるかどうか』という、資質と市場のマッチングがなければ叶いません。わかりやすい例だと、あなたが世界的に活躍する音楽家になりたい!と思ったとしても、音痴だったらちょっと厳しいかもしれない。また、例え音楽の才能に秀でていたとしても、何かの理由で音楽が必要とされない世の中だったら仕事にはなりません。仕事として効率的にお金を稼ぐということでいえば、やはりまずは『やりたいことより向いていること』を選ぶことです。向いている仕事であれば感謝されやすいし、感謝される経験を味わうと、やりがいになるためだんだんと好きになるでしょう。さらにその仕事で儲けることができればパーフェクト。そんなループが生まれたら、名実ともにやりたいことが仕事になっていると言えるのではないでしょうか」(松本利明さん)
松本さんが人事戦略コンサルタントとして常に大切にしているのは「すべての人が自分らしく働けて、やりがいを持ちながら活躍できる世の中にしたい」という気持ちです。
「やりたいこと」ではなく「向いていること」を生かすキャリアの組み立て方は、一見すると、市場や他人の評価に軸を置いた「受け身」のキャリア指南のように思えるかもしれませんが、働き方の形がさまざまに変化し、選択肢が増える中、自分のキャリアをどう描いたらいいか悩んだり不安になったりする人にとってはとても前向きな方法で、効率よく結果を残すことができるキャリアの見つけ方とも考えられます。
最後に、自分の向いていることをアピールする方法についても伺いました。松本さんいわく、その一つとして資格取得を視野に入れるのもあり、とのこと。新しいステップに向けて資格取得の準備をしたい人はどういったことを意識すべきでしょうか。
「自分が向いていることをさらに伸ばすための資格取得であれば、できるだけ早く取った方がいいと思います。一方、何でも資格があれば安心というわけではないことを覚えておきましょう。『自分が向いていること×市場に求められていること』の掛け算にマッチする資格を厳選すれば、あなたのキャリアアップにとって素晴らしい糧になるはずです」(松本利明さん)