日常のちょっとしたあるあるネタを、独特のリズムに合わせて披露するお笑い芸が大ブレイク。芸歴20年を超え、今もなお活躍するお笑いコンビ「レギュラー」の松本康太(まつもと こうた)さんと西川晃啓(にしかわ あきひろ)さん。お二人は今、レクリエーション介護士として全国各地の介護施設を訪問し、介護の現場をお笑いで元気にする「介護×お笑いのプロ」としても大人気なのだとか。
一見、お笑いの世界と介護は結びつかないイメージがありますが、そもそもお二人が介護の世界に出会ったきっかけは何だったのでしょうか?
「最初は、若手の頃からとてもお世話になっている先輩(次長課長・河本準一さん)に誘われた岡山県でのボランティアがきっかけでした。当時は『あるある探検隊』のブームが去って、なかなか仕事が来ないことに悩んでいた僕たちに、河本さんが『ギャラは出ないけれど新幹線代は持つからどう?』と声をかけてくださったんです。何もわからずに施設へ伺い、あるある探検隊のネタを披露したり、施設の方々とのかけ合いを楽しみました。するとお客さんが皆、ネタのリズムに合わせて手拍子をしてくれたんです。その様子を見ていた河本さんに『あるある探検隊のネタはめっちゃウケるね。覚えやすいし、リズムネタで一緒に手拍子ができるのも運動になるから、介護のレクリエーションに向いているんじゃない?それに、レギュラーは二人とも年配のお客様に愛されるキャラクターだから、コンビで介護の現場に役立つようなお笑いの可能性を探ってみたら?』ともアドバイス頂いたことで、相方に『二人で介護の勉強をしてみないか』と相談したんです」(松本さん)
何気なく参加したボランティアで、介護の世界へ興味を持った松本さん。西川さんは松本さんに誘われ、どう思ったのでしょうか。
「最初は、相方が言うなら一緒に勉強してみようかな、くらいの気持ちでした。その時にたまたま千葉県八千代台にある介護施設で営業の仕事があったので、お世話になった施設の方へ介護の資格に興味があることを伝えたところ、その施設で介護職員初任者研修の資格取得の勉強ができると教えてもらい、乗り気になりましたね。ただ、その勉強には二ヵ月間通う必要があって、東京から片道一時間半かかるうえ、三回遅刻したらアウトなんです。芸人にとって一番忙しい夏休みシーズンだったこともあり、さすがに仕事に響くな……と思いながら、当時のマネージャーに『二ヵ月休みをもらえませんか』と相談しました。すると『仕事一件も入ってないから大丈夫ですよ』って即座に言われて(笑)。芸人としてどうかと思いましたが、おかげさまで欠席せず通うことができました」(西川さん)
また、当時のマネージャーさんが「これから介護はきっと必要とされますから、二人が学んでくれるなら吉本興業にとっても財産になります」と背中を押してくれたことで、介護の勉強に邁進できたというお二人。実際に学んでみたことで、今まで気づかなかった介護のポイントがあることに驚いたのだとか。
「僕は今まで、介護って生活に不便を感じる方々を『助ける』ことだと思っていました。でも講義の中で『介護は手助けじゃなく、自立支援』と教えてもらったことがまず意外でしたね。例えば、足が悪い人に歩いてくださいって言うのは、何も知らなければひどいって思ってしまうかもしれません。でも介護の現場では、『歩いたり食べたりするという基本的な生活に必要な行動を、自分でできるようになるためにサポートするのが本人のため』という考え方なんです。介護が必要な方ができるだけ自立するには、身体的なことはもちろんですが、明るく前向きな気持ちを保つことも大切。勉強を続ける中で、僕らが得意とするお笑いで利用者の方々が和やかな気持ちになったり、スタッフさんにも楽しんでもらえたらいいな、と思い始めました」(松本さん)
一方、西川さんは介護を学ぶ中で、それをお笑いとどう掛け合わせていけるのか悩んだ時期もあったそうです。
「勉強していく中で、介護の世界は僕たちが思っている以上に繊細だと思いました。お笑いってちょっと方向が違うと『悪口』や『いじり』になってしまうんです。例えば車椅子の使い方がわからないというボケをネタにしたいと思うと、実際に車椅子を使って生活している方は自分のことを馬鹿にされたような気持ちになってしまうかもしれない。もちろん馬鹿にするなんて気持ちはないけれど、必ずしも前向きになれる人ばかりでない介護の現場で、どんなお笑いをやったらいいんだろう、という悩みが先に立ち、介護とお笑いがどんどん離れていくイメージを持った時期もありましたね」(西川さん)
それぞれに介護とお笑いの関わりについて考えながらも、お二人は見事介護職員初任者研修を修了。その後レギュラーのお笑いが介護の世界でみるみる人気を博すきっかけになったのが「レクリエーション介護士」との出会いでした。
「介護職員初任者研修の勉強を終え、お笑いとどう結びつけていいか悩んでいた頃、『レクリエーション介護士という資格があるよ』とマネージャーから教えてもらったんです。お笑いに限らず、絵画や書道といった自分の趣味や特技を生かし、介護の現場ごとに合ったレクリエーションを計画・実行できるスキルを証明する資格です。これなら、僕らの得意技を軸に介護の現場で役に立てるんじゃないかと思い、さっそく勉強し、取得しました。介護の現場のレクリエーションは今まで僕たちがお客様の前でやっていたネタとは全然違って、ただ笑わせるだけじゃなく、そこに脳トレの要素を加えたり、座りながら一緒に手足を動かせるネタを考えたりするのですが、そうしたレクリエーション企画を学ぶことで、以前は結びつかなかった介護とお笑いがどんどん近づいていきましたね。あ、これならできるかもって」(西川さん)
レクリエーション介護士の資格を取得したことで、お笑い芸人としてますます活躍の場を広げるレギュラーさん。今では「介護×お笑い」の可能性を伝えるべく、全国の講演会にも登壇し、そのノウハウを披露しているのだとか。
特にお二人が得意とするのが、介護レクリエーションを行ううえで最初の入り口となる「アイスブレイク」。これは介護士と利用者の距離感を近づけ、参加しやすいレクリエーションの雰囲気を作るために行われるコミュニケーションです。そこはお笑い芸人のお二人ですから、お笑いの現場で磨いた話術を駆使して、参加される方の心をまずはしっかりつかみます。
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●レギュラー流アイスブレイクの極意その1「地元のことを聞く」!
「僕らが介護レクリエーションを行う時はまず、笑いを交えながら皆さんと会話をするようなアイスブレイクを企画します。お笑いで言う最初の『つかみ』ですね。特に目上の方の場合は話題の選び方に少しコツがあって、僕らが生徒になって、皆さんから何か教えてもらえるような雰囲気を作ると場が盛り上がりやすいです。地元の名物料理を聞くとか、観光名所を教えてもらうとか。例えば練馬区に行ったとして、僕ら関西出身だから練馬のことはあまりわからないんですよ。そんな中で『練馬の名物って何ですか?お土産買って帰ろうと思うんですけど』と聞くと『練馬大根!』と教えてくれますし、『練馬はいい場所ですね〜』と言えば『いやいや、そんないい土地じゃないよ(笑)』って笑いがおきる。皆さん自分の知っていることは親切に教えてくださるので、僕らが逆に勉強させてもらっています」(松本さん)
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●レギュラー流アイスブレイクの極意その2「昔話で盛り上がる」!
「昔話を聞くのも盛り上がりますね。利用者さんが若い頃に流行っていた芸人さんや歌謡曲、または昔のお料理のお話など、楽しくて生活に密着した話を聞くと会話が広がりやすいです。そうそう、以前世田谷区の高級ホテルみたいなショートステイ施設へ伺った時は盛り上げるのにちょっと苦労しました。皆さん上品な雰囲気で、利用者さん同士もあまり知り合いではない現場だったんです。この時は、持ち時間のうち半分以上をアイスブレイクにしちゃいました(笑)。でも、高齢の方が過去のことを思い出しながら話すのは『回想法』という脳の活性化を促すコミュニケーションでもあるので、レクリエーションが全部アイスブレイクで終わっても、それはそれでありだと思いますね」(西川さん)
アイスブレイクで介護士と利用者さんの距離が縮まったら、次は自立を支援するトレーニングになるような「手遊び」や「脳トレ」を交えたレクリエーションを行います。ここにも、レギュラーのお二人ならではのアイデアが盛り込まれているのだとか。
●レギュラー流:爆笑手遊びレクリエーション「ノーズ・イヤー・クロス」
「まず片方の手で耳、片方の手で鼻を軽くつかみます。僕らの『ノーズ・イヤー・クロス!』という掛け声と同時に、その手をできるだけ早く逆にするという手遊びで、介護レクリエーションの世界では有名な手遊びです。手や腕を動かしながら、同時に脳のトレーニングにもなるのですが、これが僕らがやってもなかなか難しい。皆さん、いつのまにか両手で耳をつかんでいたり、ある人は何だか笛を吹いているようなつっこみどころ満載のポーズになっていたり(笑)。脳トレ的にはきちんとできるのがいいのかもしれませんが、僕らにとっては思いっきり間違えてくれた方が笑いになるので、皆さんにはまず『間違ってもいいんですよ!』とお伝えしています。失敗をダメなことじゃなく楽しい出来事として笑えるくらいの雰囲気を作るのが、僕たち芸人の役割だと思っています」(西川さん)
●レギュラー流:爆笑脳トレレクリエーション「まんぷくあひるの大冒険」
「これは僕らが考えたオリジナルの介護レクリエーションです。まず僕(松本)が口を両手でつまんで閉じ、あひる口を作ります。それから利用者さんの『まんぷくあひる 何食べた?』という掛け声に合わせて、何か料理の名前を言うんです。口を閉じているのでふごふご、と何を言っているのかわからないところでひと笑いあった後に、その料理の名前を利用者さんが当てるというクイズですね。これもまた利用者さんの答えが間違っているほど盛り上がります。ラーメンとかカツ丼とかはわりと正解しやすいんですが、例えばチンジャオロースーとか長い料理名になるともう何が何だかわからなくなる(笑)。わかりにくい言葉を聞き取ろうとすることで集中力が高まるし、料理の名前を思い出すことも脳トレになると思って考えたレクリエーションですが、ある時スタッフの方に『口の筋肉が鍛えられるから、高齢者によくある誤嚥性肺炎にも効果があるかもしれない』と言われた時は驚きました」(松本さん)
レクリエーション介護士として、介護×お笑いの新しい世界を次々と切り開くレギュラーさん。こんな楽しいレクリエーションなら、介護を受けている方でなくても参加したくなります。またレクリエーション介護士は、趣味や特技を持つ人なら誰でも唯一無二の介護士になれる資格、とお二人はおっしゃいます。
「介護は特別なことではなく、自分たちも含めていつかは直面する生活の一部。最初は僕も介護に対して辛いとか大変というイメージがありましたが、実際に介護レクリエーションを通じて現場に関わり、利用者さんやスタッフの方々と一緒に笑っているうちにそのイメージが変わりましたし、逆に元気をもらっているような気がします。レクリエーション介護士の資格は、自分が好きな趣味や特技があれば誰でもなれる職業なので、もし介護に関わる資格を取得したいけれど難しそうとか、自分にできる自信がないと思って迷っている方がいたらぜひチャレンジしてみてほしいですね」(西川さん)
「僕らはお笑いを通じて介護レクリエーションの仕事をしていますが、ひとつの形にこだわることなく、これからも介護とお笑いの可能性を探っていきたいと思っています。例えば介護レクリエーションをテーマに、全国の施設をツアーするのも楽しそうですね!北海道と沖縄だと笑いのスタイルも違うだろうし、関西は笑いにめっちゃ厳しいし……。全国の利用者さんにウケる介護レクリエーションを企画してツアーするんです。お笑い芸人にとって全国ツアーって夢ですし、僕らの全国ツアーがポスターになったら嬉しいなあ(笑)。タイトルはレギュラーらしく、やっぱり『あるある介護探検隊』ですね」(松本さん)