朝霧に包まれた早朝のマチュピチュ。峰と峰を結ぶ尾根沿いに遺跡が築かれています。
私がペルーの世界遺産「マチュピチュの歴史保護区」を訪れたときにこんなことがありました。
マチュピチュは標高2400メートルの山頂付近に築かれた遺跡です。朝日が照らすその姿が非常に美しいということで、朝4時に麓の村を出て山を登りました。数時間後、ようやく山頂にたどり着いたものの、深い霧が出ていて数メートル先も見えません。
しばらく経っても霧が晴れず、「今日はもう無理かな」と観光を諦めかけたその矢先、霧が一気に消えていきなりあの絶景が現れました。あちらこちらから歓声や拍手が湧き上がり、私も周囲にいた見ず知らずの観光客たちと握手を交わし、ハグし合いました。
古代インカの人々がなぜあのような不便な山頂に遺跡を築いたのか、理由は解明されていません。しかしその「美しさ」が理由のひとつであることは間違いないと考えられています。
私がマチュピチュで体験した感動は、時代や国を超えて共有できるものでした。こうした人類共通の「普遍的価値」を守ろうという世界的な取り決めが、1972年に採択された世界遺産条約で、守るべき遺産を「世界遺産リスト」に登録して保存活動を行っています。
そしてリストの中で、遺跡や街といった人間が造り出した物件を文化遺産、生態系や地質・景観など自然を登録した物件を自然遺産、両者の価値を併せ持つ物件を複合遺産と呼んでいます。
世界遺産になるためには10ある登録基準の1つ以上をクリアしなければなりません。たとえばマチュピチュは「人類の傑作」「文明の証拠」「自然の美」「重要な生態系」という4つの登録基準を満たした複合遺産となっています。私がマチュピチュで体験した遺跡や自然の美しさが評価されているのがわかりますね! このように、どのような登録基準で選ばれたのかを知ることで、その価値が明らかになって、旅がいっそう楽しいものになるのです。
今回は数ある世界遺産のなかでも、「人類の傑作」と認定された物件を3件、旅行の日数別にご紹介します。
円形で天を、青色で空を表現している天壇の祈年殿。春節(旧正月)になると皇帝がここを訪れて、天の神様に五穀豊穣を祈ったと伝えられています。
3日間の旅行なら中国・北京の旅がオススメです。北京は「人類の傑作」が5件も存在する世界遺産の宝庫。特に「万里の長城」と「天壇(てんだん):北京の皇帝の廟壇」がイチ押しスポットです。
万里の長城は総延長2万kmを超える史上最長の建造物。紀元前の時代から約2000年にわたって築かれた城壁で、険しい山々の彼方まで続く壮大な姿は他に例えるものがありません。
天壇は皇帝が天の神様=天帝と交信したといわれる聖地で、神々しい空間が特徴です。圜丘壇(かんきゅうだん)や祈念殿が特に有名で、なかでも圜丘壇の天心石はパワースポットとして知られ、ここに立つために多くの中国人が訪れます。
北京では他に故宮(こきゅう)や明十三陵(みんのじゅうさんりょう)、頤和園(いわえん)なども「人類の傑作」とされており、見所は多彩です。
プレア・ヴィヒア寺院。もともとはヒンドゥー寺院でしたが、現在は数多くの仏像が供えられており、仏教寺院として参拝客を集めています
5日間あったらカンボジアの「プレア・ヴィヒア寺院」へ飛びましょう! 1000件を超える世界遺産の中で、「人類の傑作」という登録基準のみで登録されたのはここを含めて3件しかありません。
プレア・ヴィヒアは9世紀にアンコール朝が建設したヒンドゥー教の寺院ですが、それよりはるか以前から聖地として崇められていました。その理由はマチュピチュと同様、絶景です。
ヒンドゥー寺院は普通、東西南北に塔門を構えますが、この寺院では山頂に向かって一直線に並んでいます。山と景色をご神体とするようなレイアウトなのですが、人知を越えた美しさに神を見たのでしょう。
「プレア・ヴィヒア寺院」は数年前までタイとカンボジアが領有権を争っていて一般の観光客には解放されていませんでしたが、2013年に決着し、2014年頃から観光が再開されました。絶景が見られるとあって人気急上昇中です!
観光拠点となるカンボジアの都市・シェムリアップは世界遺産「アンコール」のお膝元なので、こちらもお忘れなく。
プレア・ヴィヒア寺院の山頂から眺めた絶景。ヒンドゥー教や仏教が伝わるよりはるか以前から、この場所は聖地として祀られていました。
サン・マロ湾に浮かぶモンサンミッシェル。満潮の際は写真のように海の中にたたずむ孤島となりますが、干潮になると海が消え、干潟が周囲を囲みます。(prochasson frederic / Shutterstock.com)
1週間の旅なら人気の「モンサンミッシェルとその湾」はいかがですか?
モンサンミッシェルも海にたたずむ神秘的な姿から、古来聖地として崇められ、8世紀には教会が建てられてキリスト教徒の巡礼地となりました。修道士たちは干潮を待って干潟を歩いて上陸したのですが、川のような激しい流れで潮が戻ることから、遺書を書き、命懸けで島に渡ったと伝えられています。
しかし、19世紀に堤防が建設されて大陸と陸続きになってしまいました。そのため周囲に砂が堆積し、海に浮かぶ華麗な姿はなかなか見ることができなくなりました。そこで昔の姿を取り戻そうと1995年に復元計画が発足し、2015年に完了。写真の橋が完成して堤防が撤去され、再び島に戻ったのです!
海の中にたたずむ姿を見るなら満潮前後に訪れるのがポイント。また、1年に何度か橋の末端が水没し、完全な孤島に戻るのですが、そんな瞬間を狙うのもロマンティック! 2016年は4/7~10、5/7~8、9/17~19、10/16~19、11/14~17にその現象が起こります。
今回は「人類の傑作」という登録基準を満たす世界遺産を紹介しましたが、登録基準はあと9つ存在します。たとえばマチュピチュは「人類の傑作」のほかにも「文明の証拠」「自然の美」「重要な生態系」という基準も満たしていて、歴史的・生物学的な価値も高いことがわかります。
世界遺産を訪ねたり学んだりするときに、世界史や生物学をはじめ、政治・経済・地学などの知識があると、さらに別の価値・異なる感動と出会うことができるようになります。旅行はもちろん、新聞の国際面を読むのも楽しくなりますよ!
そして何より世界遺産を自分の目で見て普遍的価値を知るということは、まだ知らない価値や感動に気づくということ。それは自分の奥底に眠る本当の自分と出会うことでもあります。そうした出会いが自分を成長させ、人生を豊かに彩ってくれるに違いありません。
【執筆者プロフィール】
長谷川大(はせがわだい):
All About「世界遺産」ガイドを務めるフリーの編集者・ライター。出版社で編集者として勤務したのち退職、世界一周の旅に出る。これまでの訪問国数は73か国、世界遺産は217か所。
世界遺産に行ってみたいけど、混雑は苦手……という方にオススメなのが、「世界遺産暫定リスト」。「世界遺産暫定リスト」とは、「世界遺産登録を目指す物件のリスト」のこと。つまり、このリストに載っている=世界遺産になる可能性が高い、ということなんです。ここでは、 世界遺産暫定リストに掲載されている中から、観光にも便利で、国内旅行にオススメの4スポットをご紹介します。