今回お話を伺う前田鎌利さんは、「プレゼンテーションクリエイター」としてビジネスの第一線で活躍する、提案のプロ。多くの企業からひっぱりだこの前田さんに、まずはプレゼンテーションの専門家を志したきっかけを伺いました。
「2011年3月の東日本大震災の経験が大きかったですね。パニックの中でさまざまな情報が錯綜し、一方で必要な情報を得られない人が不自由な生活を送る状況下、より早い復興や日本経済の更なる成長が求められた頃です。そんな中、自分がプレゼンテーションの専門家として培った知識を、多くの企業が成長する上で必要な「伝える」ことに生かしていただければ、復興や成長のスピードアップにもつながり、さらに未来への展開のお役に立てるのではないか?ひいては、日本がよりよい国へ、世界が平和になっていくためのお手伝いができるのではないかと思いました。当時は大手通信会社(現ソフトバンクグループ株式会社)でさまざまなセクションにまたがって働いていたので、自分がいる場所でその考えを実現するには、決定権のあるトップに伝わるための提案力を身につける必要があると考え、とにかくプレゼンテーションスキルを磨くことに集中したことが、今の職業につながっています」(前田鎌利さん)
前田さん独自の理論と手法を盛り込んだプレゼン資料は孫正義社長(当時。現会長兼社長)の後継者を育成する「ソフトバンクアカデミア」で評価され、初年度トップを獲得。グループ会社の役員向けや新規事業開発の提案メンバーに抜擢されるなど、さらにキャリアが開かれていきました。その企画力と資料作成術は、孫社長のプレゼン資料作りも担当するほどの信頼を得るまでになったのだそう。
現在は独立し「プレゼンテーションクリエイター」として活躍される前田さん。日本ではちょっと聞き慣れない職業ですが、具体的にはどんな仕事なのでしょうか?
「ひとことで言えば『伝える手法を考えるプロフェッショナル』でしょうか。プレゼンテーションと聞くといかにもビジネスの場で求められるイメージがあるかもしれませんが、自分の考えを誰かに伝える行為は、子どもの頃から多かれ少なかれ皆さん経験したことがあるかと思います。例えば親に何かを買ってほしいとお願いしたり、自由研究を皆の前で発表したり、といったことも広い意味でプレゼンテーションですよね。そうした『伝える』行為をデザインすることで、プレゼンの効果をより高める手伝いをするのが僕の役割なんです」(前田鎌利さん)
また「僕が通信業界にいた頃に比べ、今はデバイスやメディア、それを使う人のスキルも飛躍的に多様化しています。さまざまな価値観や考え方がある中で、より自分の意見を的確に伝えるスキルが必要になっています」とも語る前田さん。プレゼンテーションのトレンドを知り尽くした前田さんに、今日から真似したくなる資料作りのポイントを伺いました。
「プレゼンテーション資料は、ただ自分が思っていることを一方的に書くだけではダメ。まずは伝える相手が誰なのかを定義しましょう。例えば、忙しくて時間がない社長なのか、資料をみっちり読み込むタイプの上司なのか。それとも雰囲気やコミュニケーションを重視するタイプの得意先なのか……。ひとことで『この人はこんな立場の人』とイメージできるくらいまで、徹底的に相手の個性や特徴をかみくだいてください」(前田鎌利さん)
「ターゲットの特徴や立場が絞りこまれたら、次は基本戦略を立てます。忙しくて時間のない相手だったら『3分でわかる』とか、資料をみっちり読み込む相手だったら『数字のエビデンスを揃える』とか。雰囲気やコミュニケーションを重視する人なら『絵本のように目で見て楽しい資料』などもありかもしれません。ポイント1と2はセットと考え、相手の攻略テーマを考えてみましょう」(前田鎌利さん)
「プレゼン初心者が陥りがちな失敗は、いろいろ詰め込みすぎて提案資料が分厚くなってしまうこと。もちろん、さまざまなデータや裏付け資料を揃えるのは大事なことですが、メインとなる資料は以下の4つにポイントをしぼることが大切」(前田鎌利さん)
1.課題
2.(課題の)原因
3.(原因の)解決策
4.(解決策を行ったことによる)効果
「どんなにリサーチしたり、多くの参考資料を揃えてプレゼンに臨むとしても、提案時に見せる資料はこのポイントのみを簡潔に書くことを意識してください。具体的には3分で説明できるくらいのボリュームにまとめることを目標に。基本資料が魅力的で『もっと知りたい』と思わせるものであれば提案先から質問が出るはずですし、そうしたら手持ちの参考資料などを活用すればいいのです」(前田鎌利さん)
「資料を簡潔にまとめることは基本中の基本ですが、一方、それだけの資料だと相手に気持ちが伝わりにくいんです。少し漠然とした話ではありますが、やはり最終的に伝わるキモは『気持ち』。数々の大きな提案を経験した立場から、気持ちがブレたプレゼンは最終的に通らないと断言できます。『この仕事は自分が本当にやりたいことなのか』という初心を、時々自分に問いかけながら資料を作ること。どんな提案も、自分自身のこととして責任を持てる熱意が大事です」(前田鎌利さん)
「僕の作る資料は見た目がかなりシンプルと言われますが、それはプレゼンテーション資料作りのポイントに、幼い頃から学んでいた書道の考え方をあてはめているから。書道の見せ方は『余白の生かし方』を大切にします。プレゼンテーション資料も、1枚にみっちり書き込むのではなく、ほどよい余白を残すことが大事。また、印象に残りやすい文字を選び、できるだけシンプルなメッセージにすることを心がけると、見た目のインパクトがありながら、後まで記憶に残る資料になります」(前田鎌利さん)
実は「書家」としての一面も持つ前田さん。前田さんが多くのクライアントから信頼され続ける理由として、こうした独自のバックグラウンドを資料に取り入れた「視覚に訴えるプレゼン」が注目されていることは見逃せません。
今回は特別に、前田さんのプレゼン資料デザイン事例を見せていただき、そのポイントについて教えていただきました。
「古い日本家屋などに掛かる横書きの書は必ず、紙の中央より少しだけ上に文字が書かれています。一見わかりにくいくらいの微妙な合間なのですが、これは下から書を見上げる人に、窮屈な印象を与えないための手法。実はこの『合間』がプレゼン資料にもあてはまります。座った状態でプレゼンを聞く場合、重要なメッセージがスライドの下の方に書かれていると後方に座っている方からは見えません。上から書き始め、いちばん下に結論を書きたくなる気持ちはわかるのですが、キーメッセージは中央より少し上に配置しましょう」(前田鎌利さん)
「色の視覚効果は簡潔なプレゼン資料作りのために活用したい手法の一つ。例えば信号をイメージしてもらうとわかりやすいと思います。『シグナル効果』というのですが、信号はご存知の通り青は進め、赤は止まれ。世界共通のルールとして感覚的に刷り込まれたサインを、プレゼン資料作りに活用しない手はありません。ポジティブな結果をもたらす場合は青を、逆に止めた方がいいアラートには赤を効果的に使ってみましょう」(前田鎌利さん)
「色の視覚効果としてもう一つ覚えておきたいのが『ワンカラー効果』。例えば『未開拓の場所に出店することで利益が見込める』というメッセージを伝えたい時に、膨大なデータやカラフルに色分けされた図を揃えるよりも、資料ではこのような、『荒れ地に芽が出る』というイメージがひと目で伝わるようなごくシンプルなイメージ図などを示し、プレゼンの際に言葉で攻めた方が伝わることもあります。この手法は相手の感情を動かす場合に効果的です」(前田鎌利さん)
「これは、脳の情報処理経路を使った手法です。人の脳は右脳と左脳がありますが、右脳はイメージや直感、創造性、ひらめきなどを司ると言われています。一方左脳は、言語や論理性、計算といったロジカルな思考を司ります。左の視野角から入ってくる情報は右脳、右の視野角から入ってくる情報は左脳で処理されますから、資料は左側に直感的に目に入るグラフやイメージを、右側に伝えたい言葉を書くのが正解」(前田鎌利さん)
実は前田さん、もともとプレゼンが得意な方ではなかったのだとか。それでもプレゼンの魅力に目覚め、大企業で活躍するまでのプレゼンテーションクリエイターとなった理由は、とにかく「自分がやってみたいという気持ちが強かった」からだそう。
「ビジネスを行ううえで、今いる場所で何ができるか、したいかを考えた時、自分一人だけでなく、会社へ提案し皆を巻き込む手段としてプレゼンテーションを本気で勉強し始めたように思います。企業に所属している以上、企業の理念に合致していなければ事業提案は通りません。その企業理念と自分のやりたいこと、実現したいことが合致して初めて事業承認が下り、未来を掴み取ることができると思います。ビジネスの場に限らず、自分がこうしたいという意思を伝えるための技術を学ぶことは、自分が進みたい道を切り開く強い武器になるはず。プレゼンテーションのテクニックは、たとえ失敗しても繰り返し、数をこなして身につけてほしいと思います」(前田鎌利さん)