手早くできるお弁当のおかずや調理家電を使った時短メニューなど、忙しくてもパパッと作れておいしい家庭料理のレシピで人気の料理研究家・阪下千恵さん。レシピ本の執筆や企業のメニュー開発、料理教室の講師など幅広く活躍されています。そんな阪下さんは、会社員、主婦を経て料理研究家になったという経歴の持ち主。
「元々、料理が好きで食に関わる仕事がしたいと思って、大学卒業後に外食系の会社に就職、その後に食品関係の会社に転職しました。そこでマーケティングやメニュー開発の仕事に携わりました。会社勤めはすごく楽しかったですし、何もなければそのまま続けていたと思います。出産を経て一度は復職したのですが、子どもが体調を崩すことが多く、その時は両立が難しいと思ってしまい退職しました。今考えると、夫や親と協力すれば仕事を続けることもできたと思うんですが、当時はいっぱいいっぱいになってしまったんですね」(阪下千恵さん)
こうして、主婦として家事や子育てに専念していた阪下さんですが、その間も在籍していた会社からレシピ作成を頼まれることがあり、コツコツとその仕事を続けていたとのこと。それが今の仕事をするきっかけになったそうです。
「元の職場から頼まれる仕事をこなしているうちに、子育てもだんだん落ち着いてきて……。いくつかのラッキーとタイミングが重なって、その流れに乗るうちに、気付いたらフリーランスの料理研究家として活動するようになっていた感じです(笑)まさか自分が料理研究家になるなんて思ってもいませんでした」(阪下千恵さん)
実際に料理研究家になってみると、会社にいたころとは違って、料理だけでなくスケジュール管理からギャランティの請求まで全て自分でやらなければならず、苦労することもあったんだとか。ご本人いわく「いつもレシピの締め切りに追われているような状態」だそうですが、そんな時に励みになっているのが、読者さんからのコメントだと言います。
「私のレシピで『料理が楽しくなった』『家族がよろこんでくれた』『わが家の定番レシピになった』などの声をいただくと本当にうれしいですし、やりがいを感じます。今はSNSなどで読者の声を直接目にすることができるのがいいですね。料理研究家という仕事には華やかでキラキラしたイメージがあるかもしれませんが、撮影以外の仕事時間が6割と言ってもいいほど、地味な作業が多い仕事です。大変なことも多いですが、このような感想をいただけると、その大変さも報われる気がします」(阪下千恵さん)
このように大変な日々を過ごしながら、阪下さんにとってはそれを超える大きなやりがいを感じられる料理研究家という仕事。料理好きな人にとっては「好きを仕事にできる」憧れの仕事ですが、そんな「料理好きな人」と「料理のプロ」には、どんな違いがあるのでしょうか?
「自分の得意料理を提案するだけなら誰でもできると思うんです。でもそれって数で言うと100品とか限界がありますよね。でもプロは、依頼される媒体や目的、誰に向けたレシピなのかによって、同じカレーでも全く違ったレシピを何パターンも提案します。リクエストに合わせて最適な味付けや作り方をレシピで実現するのがプロです。しかもそのレシピは、栄養学や調理学などしっかりとした根拠によって組み立てられています。おいしい料理を届けるのはもちろん、それと同時にクライアントの『商品を売りたい』『子育て中の読者を増やしたい』『新しいメニューを提案したい』といった希望も一緒に叶えていきます。自分が作りたいものを作るのか、リクエストに応じてそれに合わせた料理が提案できるのか、そこに大きな違いがあると思います」(阪下千恵さん)
そのために大事なのは、
だと言います。
さらに、ベースとなる料理の知識や技術を常に進化させていくことも、プロとしては重要なんだとか。
「私は会社員になる前に料理を本格的に勉強したことがありません。フリーの料理家として仕事をするうちに、やはりしっかり学んでおきたいなと思ったので、あらためて短大に入り、2年間みっちり栄養学や調理学などの基礎を学び直しました。仕事もしながら、平日の昼間は大学で実習とレポートの日々……。本当に大変でしたが、基礎を固め直したことで、今まで以上に自分に自信が持てるようになりましたし、栄養士の資格を取得したことでより企業からの信頼が得られるようになり、仕事の幅も広がったと思います」(阪下千恵さん)
今でも機会があれば、料理に関係する盛り付けやテーブルコーディネート、写真の本を読んだり、講座に参加するなどして自分をアップデートし続けることを意識しているそうです。
「この仕事をしてみて、ほかに身に付けておいてよかったと思ったのが、基本的なビジネスマナーとパソコンのスキルです。クライアントと直接やり取りすることも多いですし、レシピはパソコンで作成します。料理研究家というと、そういうこととは無縁と思われがちかもしれませんが、やはり社会人として最低限の知識とスキルは必須です。あらためて基本を学ばせてもらった会社に感謝しています」(阪下千恵さん)
料理好きからプロになるためには、料理に関する知識と技術を磨くのはもちろん、様々なオーダーに応えてレシピを開発・提案できる力、そして仕事をスムーズに進めるためのビジネススキルを身に付けることが必要なんですね。
実は料理研究家のお仕事は「撮影以外が6割」と言う阪下さん。具体的にどのようにお仕事をしているのか、1日のスケジュールを教えていただきました。
このように料理を作るだけでなく、その準備や取引先とのやり取り、原稿の確認など、それ以外の仕事にも時間を割いていることがわかりました。
また、自宅でこのような作業をする日以外に、撮影で一日中ひたすら料理を作る日があったり、メーカーの新製品発表会で料理のデモンストレーションに出演する日などもあるようです。
これまでレシピ本や企業案件をメインに活動してきた阪下さんですが、SNSやネットコンテンツの普及によって、料理研究家の仕事の可能性はますます広がっていると言います。
「これまでの料理教室は生徒の人数が限られていましたが、オンラインでできるようになり、人数の制限を気にする必要がなくなりました。今後はオンラインサービスを上手に活用し、ユーザーとコミュニケーションを取りながら料理の魅力について伝えていければと思います。マス媒体を通さなくても自分で手軽に情報発信できるので、積極的に活用していきたいですね。そして、そこで得られたことをほかの仕事に還元していきたいと思います」(阪下千恵さん)
最後に、食の仕事を目指したいと思っている読者の皆さんに、阪下さんからメッセージをいただきました。
「『食べる』ということは誰にとっても本当に楽しいこと。そんなステキなことを仕事にできるのは幸せだと思うので、料理が好きならぜひチャレンジしてほしいです。ただ甘い世界ではないので、自分に欠けているものは何なのかを一生懸命考えて、資格を取るとか学ぶとか、努力をすることが大事!やはり必要だと思って自ら学んだことはしっかり身に付きます。ぜひ、常に進化し続ける姿勢を忘れずに取り組んでみてください」(阪下千恵さん)
その学びを仕事につなげるコツも教えていただきました。
「勉強すると同時に、アクションを起こすことが大切。学んだことを生かした料理を作って発信する、学びの場で出会った人とのつながりを築く……。何でもいいからアクションを起こしてみてください。向こうから勝手に仕事はやってきません。そして、一番大事なのは続けること。すぐに結果が出なくても簡単にやめないことです。ブログもSNSも1年やってだめなら、やり方を変えてみてください。そして、仕事がきたら一つ一つの仕事を真面目に丁寧にやること。当たり前のことですが、それが食を仕事にする上で一番信頼を得られる近道だと思います」(阪下千恵さん)
食に関する仕事は、おいしい料理を提案して多くの人を幸せにできるステキな仕事です。日々の勉強や努力も必要ですが、料理が好き、料理を仕事にしたいと思うなら、思い切って挑戦してみてはいかがでしょうか?