介護の世界で数多くの高齢者を看取ってきた経験を活かし、人の臨終に立ち会う専門職「看取り士」をゼロからつくり上げた柴田さん。日々、人の「死」と向き合う立場にある者として、死をめぐる日本の現状に心を痛めていると言います。
「今、日本で亡くなる方の7~8割が病院で死を迎えます。病院は命を助けることが目的の場所ですから、医師や看護師は患者の命を救おうとあらゆる手を尽くしてくれます。しかし、その結果『終末期でも自宅へ帰れない』『望まない延命治療が行われる』など、本人の意に反したかたちで最期を迎える人も少なからずいるのが現実です。そのため、『死』に打ち勝つことができなかった敗北感だけが強く残り、『死』に対して『冷たくて、暗くて、怖いもの』というイメージを抱いてしまうのかもしれませんね」(柴田久美子さん)
しかし、看取り士である柴田さんが持つ死のイメージは、一般的なものとは少し違うようです。
「死は本来、恐ろしいものでも忌むべきものでもないと私は思います。人は死ぬ時、その人の持つエネルギーを生きている人たちに与えながら旅立ちます。残された人々は大切な人の死を以て、命の尊さ、生かされていることへの感謝を心に刻むのです。出産と同じように死もまた、人生で最も大きな愛にあふれたイベントと言えるでしょう。そしてそんな『命のリレー』をサポートするのが、私たち看取り士の役割なのです」(柴田久美子さん)
残された日々を心穏やかに過ごし、幸せな最期を迎えられるよう、旅立つ人やその家族に寄り添い、支えるのが看取り士の仕事です。その仕事が実際どんなものなのか、具体的な仕事の内容や看取りの流れについて柴田さんに教えていただきました。
(1)本人や家族との面談、聞き取り
余命宣告を受けた本人やその家族からの依頼を受け、看取り士の仕事はスタートします。まず確認をするのが「どこで最期を迎えたいか」「誰に看取られたいか」「どういう医療を希望するか」「今、困っていることはないか」という4つの質問。これらを本人の心に寄り添った言葉で聞き取ります。不安を抱える家族の相談にも応じます。
(2)エンゼルチームによる見守り
看取りの方針が決定したら、利用者の近くに住む登録ボランティアや親族、知人や友人など10人ほどの有志を集め「エンゼルチーム」を結成します。エンゼルチームは訪問看護や介護サービスで補いきれない日々の見守りを担います。肉体的、精神的に疲弊する家族をサポートする意味合いもあります。
(3)臨終への立ち会い
呼吸が乱れ始め臨終の時が近づくと、連絡を受けた看取り士が駆けつけます。事前の面談で聞き取った本人の希望に添い、旅立ちを見届けます。家族には「体に触れる」「呼吸を合わせる」「声をかける」といった看取りの作法をアドバイス。臨終の後も葬儀社への対応などを引き受け、亡くなった人と残された人々が温かな時間を過ごせるよう、数時間にわたってサポートを続けます。
もしあなたの大切な家族が余命宣告をされたら、残された時間をどのように過ごし、どのように見送ってあげたらよいのでしょうか。日頃から備えておきたいこと、そして臨終の際に心がけたいことについて、柴田さんにアドバイスをいただきました。
「最期」について元気な時に話し合っておく
「死が迫った人に対して『どんなふうに死にたい?』と聞くのはあまりに酷なこと。特に余命宣告を受けてから日が浅く、死を受け入れることができていない人には、死についてこのようにストレートに聞くのは禁物です。終末期に差しかかってからでなく元気な時に、誰とどこでどのように過ごし、どんな最期を迎えたいか、家族でよく確認し合っておくことをおすすめします。また、死について自然と話し合えるよう、一人ひとりが日頃から生と死に対しての考え方=死生観を養っておくことも大切です」(柴田久美子さん)
旅立つ人の体に触れ、言葉をかける
「私たち看取り士は臨終の前後にご家族に対し、手を握ったり、抱きしめたり、たくさん触れることで旅立つ人からエネルギーを受け取ってほしいとお伝えしています。『今までありがとう』など感謝の言葉もかけてあげてください。そして亡くなった後も体に触れ続け、どうかゆっくりと時間をかけてお別れをしてください。そうすることで亡くなった人の命が心の中に宿るような感覚を得られ、残された人たちの喪失感も和らぐと考えています」(柴田久美子さん)
2019年の1年間に日本で亡くなった人の数は137万人を超えました。2025年には国民の4人に1人が75歳以上の後期高齢者となり、日本は「高齢化社会」から、死者の数がさらに増える「多死社会」へと進んでいきます。
「多死社会が進むことによって医療や介護の財源や人材が不足し、2030年には約47万人が『死に場所難民』になることが懸念されています。そうした問題を乗り越え、誰もが尊厳ある死を迎えられる社会にするために、旅立つ人やその家族、周囲の人々が看取り士のサポートを受けながら支え合う『看取りのコミュニティ』を、さらに全国へと広げていく必要があるのです」(柴田久美子さん)
大切な人をどのように送り出し、自分自身はどのような最期を迎えたいか。看取りについて考え、死の意味や価値を見つめ直すことが、多死社会を乗り越える鍵と言えるでしょう。