生涯学習1級インストラクター(古文書)の資格を持ち、現在は初心者向けの古文書教室で主宰兼講師を務めている宇野藍子さん。生粋の歴史好きかと思いきや、学生時代はバリバリの「リケジョ」!大学ではAIを専攻し、その後、銀行勤務やパソコン教室のインストラクターを経て、古文書講師になったというユニークな経歴の持ち主です。そんな宇野さんが古文書の世界に足を踏み入れるきっかけとなったのは、学生時代に何気なく見た大河ドラマ『葵〜徳川三代〜』だそうです。
「ドラマに登場する真田幸村という武将が目に留まり、放送後、気になって幸村のことを本で調べてみたんです。すると今度は幸村直筆の手紙が目に留まり、これが読めたらおもしろそうだなと思ったのがきっかけなんです」(宇野藍子さん)
それ以来、大学在学中から趣味で古文書の勉強を始め、社会人になっても継続。その後、地元の市民活動団体に所属し、地域活動をする中で縁あって古文書講師の仕事をすることになったのだそうです。
元々理系で歴史にもほぼ興味がなかったといいますが、そんな宇野さんを夢中にさせた古文書の魅力とはどんなところにあるのでしょうか?
「古文書は、うねうねとしたくずし字で書かれていますが、現代にくずし字で文字を書く人はまずいないですよね。だからはっきり言って江戸時代の文章をスラスラ読むことはとても難しいです(笑)。難しいからこそ、それが読めたときの喜びや達成感はひとしお。そこに書かれている内容が興味深いのはもちろん、現代とは違う文字の書き方や言葉遣い自体を味わう楽しさも大きいです」(宇野藍子さん)
さらに古文書を読むことで、当時の人々の暮らしについて知ることができるのも、そのおもしろさの一つ。
「古文書から歴史的事実が明らかになることはご承知の通りだと思いますが、もっと身近に当時の人々の生活の様子についても知ることができるんです。例えば、当時は1月は『正月』、20日は『廿日(はつか)』と書いていました。このように、古文書を読まなければ知ることができないであろう細かいことが分かるのが、古文書を読む楽しさの一つですね」(宇野藍子さん)
宇野さんのように本格的に歴史を学んだことがない人でも気軽に楽しめるのが、古文書の魅力のようです。これなら歴史好きならずとも、読んでみたいと思いますよね。
古文書の魅力を知って、あなたが「読んでみよう」と手に取ったとしても、古文書には見慣れないくずし字が使われているため、いきなり読み進めることは難しいでしょう。ですから、古文書初心者はまず、このくずし字の読み方の勉強から始めることになります。宇野さんも最初はまったく読めなかったということですが、どのように読み方を学んだのでしょうか。
「私の勉強法はかなり変化球というか、独特だったと思います。最初の頃は、初心者向けの古文書のテキストを買って独学で学んでいました。その後、通信講座を利用して勉強し、生涯学習1級インストラクター(古文書)を取得。それからは、多くの古文書を所蔵する県立文書館などに行って気になる古文書を探し、自力で解読……ということをしていました」(宇野藍子さん)
いろいろなやり方がありますが、初心者はとにかく最初に入門者向けの古文書テキストで、くずし字の基本を勉強するのがおすすめ、と宇野さん。
「まったく何も分からない状態で古文書に挑んでも、手も足も出ずあっという間に心が折れてしまいます(笑)。まずはテキストで勉強して、少しでも読める文字がある状態で読解をスタートするのがいいと思います。あとは実践あるのみ。読解しながら読めない字を調べて覚えるという作業を繰り返していけばよいのです。その際、手当たり次第、様々な古文書を読むというよりは、一つの古文書を時間をかけて丁寧に読み解き、繰り返し復習してみるとよいと思います。例えば、歴史が好きで『竜馬の手紙を読んでみたい』と思っている人なら、それでもいいです。私のように歴史にあまり興味がない人は、地元に残る郷土資料の類の古文書を読んでみると、知らなかった地域の歴史や出来事などについて知ることができておもしろいですよ」(宇野藍子さん)
ただ、長年古文書を学んできた経験から、そのモチベーション維持が難しいと感じることも多かったそう。
「可能であれば、地域のサークルや教室などに参加するとよいと思います。古文書学習は長期戦です。一緒に取り組んだり、情報交換ができる古文書仲間はかなり心強い存在。古文書を趣味にする人の中にも、歴史好き、書道経験者などいろいろな人がいるので、話を聞いているだけでも楽しいです」(宇野藍子さん)
基本を勉強して少しずつくずし字が読めるようになってきたら、より興味がある古文書を読んでみたいと思いますよね。そこで初心者でも楽しみながら読める、宇野さんのおすすめを教えてもらいました。
●博物館の図録や歴史の本に収録されている古文書
「博物館で実際の古文書を目にすることがありますよね。そこで入手できる図録や本には、解読文付きで展示の古文書が収録されていたりするので重宝すると思います。展示ではゆっくり鑑賞できなかった古文書も、自宅で改めて図録等を見直すことにより、より理解が深まることも多いです」(宇野藍子さん)
●地元の市町村史
「現在お住まいの土地の『○○市史』などを読んだことがある方は稀ではないでしょうか。お近くの図書館の郷土資料コーナーなどに置いてあると思います。市町村史を開くと、郷土に残る古文書を参照しながら、郷土の歴史について紐解かれているはずです。ここから古文書を学ぶということはどういうことか知ることができるうえ、地元の見落としていた史跡などを発見できることも!古文書抜きで読み物としてもおすすめしたいです」(宇野藍子さん)
●通行手形
「多くの人がその存在だけは知っているのではないでしょうか。江戸時代のパスポートである通行手形(往来手形)を初めて目にしたときは『え、これが!?』とちょっと驚きました。勝手に、水戸黄門の印籠や現代のパスポートのような、素材がしっかりして、見た目にもちょっと華があるようなものを想像していたからです。実際は一通の素朴な『文書』でした。中には、旅をする人の素性、旅の目的、行き先などが書かれています。いい意味で期待を裏切ってくれる、インパクト大の古文書だと思います。ちなみに通行手形は寺社参詣や湯治などに行く場合に持参し、関所の役人に見せていました」(宇野藍子さん)
そのほか「三行半」(江戸時代に庶民の離婚を確認するために書かれた文書)、「御用留」(江戸時代に村の名主などによって作成された公文書の控え)といったものも、当時の人々の暮らしややり取りを知ることができるので、初心者でも楽しみながら読める古文書としておすすめとのことです。
このような通行手形などの古文書を見ることができる場所としては、文書館などがあります。実際に手に取ることができる場合もあるので、ある程度学習が進んだら足を運んでみるのもいいかもしれません。
宇野さんにとっても最初はまったく未知の存在だった古文書。ここまでどっぷりとその魅力にハマったのは、自分の力で読み解き、そこに様々な発見があったからだといいます。
「私は、古文書を読むようになって初めて、郷土に残る江戸時代の文書に興味を持ちました。そういった古文書を紐解いていく中で、これまで以上に自分の住んでいる地域一帯に目を向けられるようになったと思います。今後は地元以外に、ほかの地域や幅広い時代の古文書にも挑戦できたらと思います」(宇野藍子さん)
最後に、これから古文書に挑戦してみたいと思っている方にメッセージをいただきました。
「いまだ読めない字も多く、いつも自己嫌悪に陥っている私が申し上げるのも恐縮ですが、古文書にちょっとでも関心がありましたら、あまり難しく考えずに、ぜひ気軽に取り組んでみてはいかがでしょうか。古文書はもちろん読めたら楽しいですが、読めなくてもいろいろな発見や学びがあって楽しいものです」(宇野藍子さん)
歴史的な出来事を知るだけでなく、文字や昔ながらの言葉遣いを読み解く楽しさも味わえる古文書。実物に触れて、ぜひ自分なりの味わい方を見つけてみてください。