お話を伺ったのは、暮らしまわりのスタイリングと提案を行っている、インテリア&フードスタイリストの江口恵子さん。料理講師としても活躍していることから、初心者がやってしまいがちな「調理器具の手入れあるある」の例を挙げながら、メンテナンス方法を教えていただきました。
まず、初心者がきちんと手入れできていない調理器具として何が挙げられるでしょうか。
「第一に包丁です。包丁は放っておけば切れなくなる一方。ある日突然切れなくなるわけではなく、徐々に劣化していくので、切れなくなったことに気付かない人が多いのです。
切れ味が悪いと、食材の断面がギザギザになり、舌触りが悪くなります。お肉やお魚の場合は、繊維を無理やり断ち切るため、水分が出てしまって食材が水っぽくなります。料理初心者には『涙が出るから玉ねぎのみじん切りが苦手』という方が多くいらっしゃいますが、これは包丁の手入れが原因。手入れをしっかりしていない包丁で繊維を切断することで、鼻や目に刺激を与える硫化アリルという成分が出るため、涙が出るのです」(江口恵子さん)
江口さんによると、一般家庭の8~9割の包丁は切れ味が悪いそう。どういう状態になったら切れなくなったと考えるべきでしょうか。
「トマトを薄切りすると分かりやすいですね。刃がスーッと入らなかったら切れない包丁だと思ってください。下ろし立てに近い状態まで回復させることが必要です」(江口恵子さん)
包丁と同じくらいの頻度で使うものが、鍋やフライパン。素材によってもお手入れ方法は違うと思いますが、共通するポイントはあるのでしょうか。
「ハッキリ言って、みなさん洗いが甘いです(笑)。内側はまだいいのですが、問題は外側。油や洗剤が表面に残っていると、汚れている部分に熱が加わり、固まって余計落ちにくくなります。
鍋の外側と、底、縁が茶色くなっているのは、洗えていない証拠。その都度きちんと洗えていればさほど汚れません。とにかく汚れを溜めないことが大切です」(江口恵子さん)
初心者に限らず、内側の汚ればかりを意識して、外側を見落としている人も多いのではないでしょうか。汚れている鍋を使うと、料理の仕上がりにもだいぶ差が出てしまうのだとか。
「鍋やフライパンの汚れている部分は熱伝導が悪くなるので、火の通りがスムーズでなくなります。すると、炒めものが水っぽくなるんです。初心者は鍋の汚れが味に影響するとは思わないかもしれませんが、きれいな鍋を使うと、驚くほど味が変わるんですよ」(江口恵子さん)
たかが汚れと思っていると、味の面でも損をすることになりかねません。まずは鍋の外側が茶色くなっていないかチェックしてみましょう。
それでは、具体的なお手入れ方法を教えていただきましょう。
「ポイントは、日々少しずつケアすることです。そうすれば、わざわざメンテナンスをする時間を取らなくても良い状態をキープできます」(江口恵子さん)
包丁
初心者は、砥石よりもシャープナーが便利でしょう。包丁を使う前にシャープナーにセットし、3回ほど手前に引いて研ぐだけ。これなら3〜5秒で終わります。
たとえ1回の調理でも、刃は摩耗していきます。重要なのは切れなくなる前に下ろし立ての状態に戻すことです。すでに切れなくなってしまった包丁は、プロの研ぎ屋さんに研いでもらうと良いでしょう。1年に1回研いでもらえば、毎日5秒のお手入れで済みますよ。
鍋、フライパン
その日の汚れは、その日のうちに。時間が経っていなければ軽くこするだけで汚れが落ちます。スポンジに洗剤をつけて、丁寧に洗いましょう。
汚れがこびりついてしまったら、いつものスポンジをメラミンスポンジやスチールたわしに持ち替えてみましょう。重曹は、研磨剤代わりになります。鍋の汚れに直接ふりかけ、水を少し含ませたメラミンスポンジで軽くこすれば、ほとんどの汚れは落ちます。
包丁を研ぐ方法として手軽にできるシャープナーをご紹介しましたが、砥石で研ぐと、包丁にさらに愛着が持てます。
ですが、初心者にとってはハードルが高いと感じるかもしれません。そこで、料理初心者のAさんが江口さんのアドバイスのもと、手入れをしていない包丁を研いでみました。
1:砥石の準備
まずは砥石の準備から。砥石は使う前に十分に水を含ませる必要があります。砥石に含まれた水は、包丁の摩擦で熱を持つのを防ぎ、すべりを良くする働きがあります。水につけておく時間は10~30分ほど。砥石が水を吸収したのを確認したら準備完了です。
濡れた布巾を平らな場所に置き、水をしっかり含んだ砥石を載せてください。また、水をかけながら包丁を研ぐので、霧吹きを用意すると良いでしょう。
2:一定の角度で研ぐ
包丁の刃元部分に指を載せると包丁を砥石に当てる角度を固定できるのでおすすめです。刃の角度を砥石に対して45度くらいに固定して、できるだけ角度を変えないように砥石の上を前後にスライドさせます。押すときは包丁の背(峰)の部分に力を入れて、引くときは力を抜くのがコツです。
包丁全体を一度に研ぐのは難しいので、刃先から刃元にかけて3箇所に分けて研ぎましょう。それぞれの箇所を20回ほど、同じ回数だけ研ぎます。
3:「かえり」を取る
包丁を研いでいくと「かえり」と呼ばれる削りカスが出てきます。包丁の刃を指でなぞり、引っかかる部分があれば「かえり」が出た証拠。この「かえり」が出ない場合はもう一度研ぎなおしましょう。
反対側も同様の方法で研ぎます。最後は「かえり」が付いている側を2、3回研いで「かえり」を取って包丁研ぎは完了です。刃の裏面にできる「かえり」を取らないと、包丁は切れる状態にはなりませんので、忘れないように。(江口恵子さん)
「包丁の角度をつけながら研ぐのに苦労して、最初は『かえり』が出ずに苦労しましたが、反対側の刃を研ぐ頃には慣れてきて、職人になった気分で研いでいました(笑)。また、研ぐ前の包丁と、研いだ後の包丁できゅうりを切ってみると、その差にビックリしました!研いだ後の方が力を入れなくてもスッと包丁が入りましたし、きゅうりが包丁に付くことなくスムーズに切れたのでストレスも感じませんでした」(料理初心者Aさん)
他に、江口さんが日々行っているメンテナンスについて、お話を聞きました。
「洗ってしっかり拭いて、乾燥させるまでがワンセットだと考えているので、きちんと乾かすようにしています。洗ったものを水切りカゴに放置して乾燥させるのは時間がかかるし、水垢や雑菌がつく原因にもなります。もし置くなら拭いた後が良いでしょう」
日々のメンテナンスをおろそかにしないことが、調理器具に愛着を持つことにつながり、やがて料理も上手になるそう。さらに江口さんはこう続けます。
「メラミンスポンジでこすったステンレスの鍋(写真)は、実は10年以上使っているものです。良いものは手入れをすれば相当長持ちします。高いものを買うことが必ずしも良いわけではないですが、調理器具は大事です。きちんとしたものを使うと劣化も少ないので、料理に対するモチベーションも上がりますよ!」(江口恵子さん)
「特別なことをしなくても、日々のケアをしっかり行っていれば良い状態を保てます」と江口さん。調理器具を自分の良きパートナーにして、今よりもっとおいしい時間を楽しめるようになると良いですね。