考えすぎ蔵はその日も考えすぎていた。長年の独身生活に終止符を打つため、結婚相談所に資料請求しようとパソコンの前に座ってから既に6時間が経過していた。
『しつこく勧誘されて入会を煽られたらどうしよう……』
『こんな婚活サイトに頼らなくても、明日街で運命の人と出会うかも……』
WEB婚活の口コミ比較サイトを数か月前から何度も確認して『ここにしよう』と決めたはずなのに、最後の一歩を踏み出せない。
考えすぎ蔵は料理教室に通うことも考えた。女性が多く集まる習い事なら出会いのチャンスも増えると思ったからだ。しかしやはり直前になって『出会い目的で入会したと思われたらどうしよう……』『男が少ないと浮いてしまってやりづらいかもしれない……』とあれこれ理由をつけて踏みとどまってしまう。
幼馴染のカケルくんは趣味で始めた動画投稿で人気者になり、勤めていた大手企業を辞めユーチューバ―として活躍後、会社を立ち上げ独立した。考えすぎ蔵にはどうやったらそんな大胆な行動ができるのか皆目見当がつかなかった。
「考えすぎ蔵くんは、いつも考えすぎなんだよ。何でもいいから、とりあえずやってみることが大事なのさ」
快活に笑うカケルくんはスーツの中で縮こまる考えすぎ蔵の肩をポンと叩くと颯爽と去って行った。オフィス街には似つかない短パン姿で、これからマカオへカジノをしに行くのだという。
「カジノ……!? 危ないよカケルくん! スリにでも遭ったらどうするの? もし負けて大損したら……? ねえ、カケルくん!!」
考えすぎ蔵は勝手に色々心配してしまったが、会社へ戻ることにした。課長から「ちょっと話がある」と言われていたのだ。
『何か失敗して、クビになるとかだったらどうしよう……ああ、心配だ』
考えすぎ蔵の心配とは裏腹に、課長は笑みを浮かべていた。
「いつも丁寧に仕事を進めてくれているね、考えすぎ蔵くん。実は新しいプロジェクトを立ち上げるんだが、キミも参加してくれないか。これが評価されれば、出世街道間違いなしだぞ」
「残業時間はどれくらい増えます?」
「え?」
「プロジェクトの他のメンバーと上手くやっていけるかも不安だし……」
「おい、これはすごく良い話なんだよ……?」
「ちょっと考えさせてください……!」
呆気に取られる課長を置いて会議室から飛び出した。
新しいプロジェクト……魅力的ではあるが、サービス残業でこき使われるかもしれない。もし自分のミスのせいで失敗したりすれば仲間からの非難の目に耐えられそうもないし……。
「いや、待てよ」
考えすぎ蔵は気づいた。この「考えすぎ」な性格のせいで今まで数々の機会を逃してきたではないか。このままでは一生何も変われない。今こそ、自分の殻を破る時だ。
自分の考えすぎな人生について丸一日考え込んだ翌朝、課長のデスクへ駆け寄った。
「課長、決めました。プロジェクト、俺にやらせてください!」
「ああ、あれキミの同僚の早坂くんに頼むことにしたよ。昨日の夕方、声かけたらその場ですぐ『やります』って言ってくれて。……残念だったね、また今度」
考えすぎ蔵は床に崩れ落ちた。自分が考えすぎている間に、「すぐに行動する人」にどんどん先を越されていく……。
「2017年こそは、考えるよりまず行動を起こして、自分を……この人生を……変えてやるー!!!」
心の中だけのつもりが口から漏れてしまっている考えすぎ蔵の叫び声は、無機質なオフィス街にいつまでもこだましていたという……。
考えすぎ蔵くんの2016年。自分で書いていて胸が痛くなりました。婚活も趣味も習い事も失敗するのが怖くてスタートできない……それはまるっきり自分の姿だからです。
お次は「どうせわたしなんて……」が口癖の「自信ない代」さんを見てみましょう。彼女の2016年はどのようなものだったのでしょうか……。
「え、いま何て言ったの? 聞こえなかった。もう一回言って」
「あ、いや、ごめん。大したことじゃないから気にしないで」
大学時代の友人は二人ともバリバリのキャリアウーマンになっていた。英語もペラペラで、そのスキルを大いに活かした仕事をしている。
「久しぶりに3人で会おうよ」
との誘いに自信ない代はためらった。自分には二人に話せる浮いた話題も、仕事の自慢話もない。
断り切れずお店へ向かうと、ざわざわした居酒屋で自信ない代の小さな声はかき消されて届かない。上司との危険な恋の話にただただ黙ってうなずく自分がいた。
翌日。
「ない代さん、今度の忘年会、来るよね? 絶対来てね」
飲み過ぎてむくんだ顔のまま出社したところに部内イチのイケメン「加賀見くん」から話しかけられて驚いたが、慌てて自分を諭す。
『ただの数合わせで呼んでいるだけだ。自分に気があるわけ、ない……』
わずかな希望を捨てられず参加した忘年会ではみんな盛り上がっていたので、水を差しては悪いと誰にも話しかけないようにした。ビンゴ大会でも「ビンゴ!」という声がMCに届くか自信がなかったので黙っておいた。
本当はこの日のために肩からデコルテにかけて広めに開いたセーターを買っておいたのだが、直前で何だか自信がなくなって結局いつもの“ボタンを上まで留めた白シャツ+カーディガン”で来てしまった。
加賀見クンがこちらをチラチラ見ているような気がしたが、ひとりでつまらなそうにしている自分を見られていると思うと恥ずかしく、目を合わせる勇気はなかった。
家に帰ってすぐパソコンを立ち上げると、先ほどの忘年会について早速ブログに書き殴った。インターネットの中でだけは本当の自分をさらけ出せる気がする。
「上司がわたしのことを『キミ』としか呼んでくれない。多分わたしの名前を憶えていないんだと思う。せっかく買ったかわいい服も着れなかった……悔しい」
更新してすぐにコメントがついた。いつものあの人だ。
「買ったお洋服は会社に着て行ってみてはどうでしょうか?上司は残念でも、貴女のことちゃんと見てくれている人は他にもきっといるはずです」
思わず顔がほころぶ。ハンドルネーム『mirror-mirror』さんは、わたしのブログにいつも優しいコメントをくれる。
『いつか会えたらいいのになァ……』
なんて妄想してみたが、実際に会って『地味な女だな』とガッカリされるかも……と考えるとどんどん自信がなくなってくる。
「ない代さん、昨日はお疲れさま」
加賀美クンだ。ネットの中の王子様に夢中になっていた自信ない代の心が一気に現実に引き戻される。
「実は俺、海外出張が決まったの。ロンドンに」
「え……ロンドン!!」
ロンドンはない代にとって憧れの地であった。このイケメン、さてはわたしに自慢しに来たのだろうか……。
「それでその……誰かもう一人、アシスタントを呼んでいいって言われて……」
「えー!! 加賀見さんロンドン行くんですかあ!? あたしも行きたいです!! いいですよね!? やったー超たのしみ」
若くてかわいいだけが取り柄の後輩女子が加賀美クンの腕にしがみついた。
自信ない代は思わず席を立ち、オフィスを出て屋上へと駆け上がる。
「英検1級持ってるのに……TOEICなんて満点なのに……どうして海外出張がわたしじゃなくて加賀見クンなのよおおおお!! 部長の馬鹿あああああ!!」
こんなに大声を出したのは十数年ぶりだった。
『2017年はもっと自分のスキルを活かせる仕事をしたい。転職するのもいいかもしれない。そして自信をつけてネットの中の王子様に会いに行くの……』
自信ない代は自分の未来を妄想してニヤついた。目の前に広がる青空が、何だかいつもより遠く大きく見えた。
声が小さいせいで生身の人間との意思の疎通に自信がないから、ネットコミュニケーションばかり充実していくんですよね。あるある~。
皆さんの中にも「考えすぎ蔵」くんや「自信ない代」さんのようなキャラクターが少しはいるのではないでしょうか?
わたしも今年は『変わる』決心をした彼らを見習って、「ボイストレーニングに通う」「人と目を合わせる」「小説を書く」「恋人をつくる」など、今まで先延ばしにしてきたことにどんどん挑戦して、新しい自分になろうと思います……!
「考えすぎ蔵」くんや「自信ない代」さんにご自身を投影して、「私も先延ばしにしてきたことにどんどん挑戦して、新しい自分になろう!」と奮起した暇女さん。自分のタイプを客観視できると「変わるきっかけ」をみつけられるかも! 自分は誰タイプなのか、早速あなたもチェックしてみましょう。
★私の「変わる、きっかけ。」研究所
https://www.u-can.co.jp/change_labo/
プロフィール
暇女
「暇女のひとり相撲」を書いている作家・文筆家。暇だから○○してみた、○○行ってみた、といったルポ風記事で人気を集める。書籍「暇な女子大生が馬鹿なことをやってみた記録~男と女のラビリンス編」(KKベストセラーズ)発売