納税者の代理人として税務を行う税理士と並ぶ経済系の二大資格で、数ある国家試験のなかでもトップクラスの難易度とされている「会計の専門家」──そんな公認会計士の試験を突破した井藤丈嗣さん。さぞかし昔から「勉強ができる子」だった、と思いきや……?
──公認会計士の試験は小さいころから勉強一筋じゃないと、なかなか受からないイメージがありますが?
いやいや! 僕、中学時代は本気でロックミュージシャンに憧れていたんですよ(笑)。だから、高校から大学2年までは勉強なんて一切せず、バンドを結成して髪もロン毛で、ベースばかりやっていた。
20歳の頃ですか、毎月東京や大阪でライブツアーをやっていました。そのうちに複数社のレコード会社からメジャーデビューの話が来たんですが、僕はプロを選ぶかそのまま学生を選ぶかといった選択を迫られたのです。しかし、自分のやってる音楽が信じられなくなったので、結果的にバンドを脱退したんです。バンドは新しいメンバーを入れて某レコード会社からデビューしたんですけどね(笑)。
──その後、どういう心境の変化で公認会計士を目指すことに?
きっかけは、脱退してからバックパッカーをしてアメリカへ行ったことです。アメリカでの生活感に魅せられてしまい、アメリカで生活するということに憧れを持ったことでした。そして、バックパッカーの途中で4週間ほどボストンの寮制のサマースクールに入った時のこと。寮の『同居人』は若い欧米の高校生が大半だったけど、みんな自分より年下なのに「オレは将来医者になる」「弁護士になる」だとか、きちんとした『夢』を持っていて、何も目標がなかった自分は大きなショックを受けたんです。
そういった流れの中で「アメリカでの生活ができて、親が税理士事務所を経営している関係上、息子にはあとを継いでもらいたいだろうから……」と、公認会計士になることを決意し、大学4年の冬、勉強をするため東京に出てきた。勉強とまったく無縁な時期が長かったせいか、結局は受かるのに6年もかかってしまいました。
──その期間の中で、一番辛かった時期は?
実のところ、勉強を始めて3年目くらいには模擬試験などの成績では、合格ラインに届いていたんですよ。でも受からない。受からないともう一年。そこが苦しかった。箸にも棒にも引っ掛からなければ、諦めも付くんですけど……。また、ちょうどそのころはバブル経済まっさかりで、大学の同級生とかも会社に入って浮かれているわけですよ。なのに、僕は毎日朝8時から22時まで勉強オンリー。世捨て人のような毎日だった(笑)。生活費は親からの仕送りで、復習するボリュームが膨大過ぎてバイトをする余裕はありませんでした。
──6年もの長い間、どのように勉強へのモチベーションを維持していたのでしょう?
僕の場合は「専門学校の自習室に閉じこもって勉強」。毎日座る席がほぼ決まっていて、その部屋の主みたいになっていた(笑)。自習室には、自宅にあるテレビやベッドだとかの誘惑も一切ないですし……。ただ、一緒に合格を目指す友人はたくさんいたので一緒に食事したりカラオケ行ってガス抜きしたり。こんな感じで今流行りの『オリジナル・ルーティン』を作りました。そうやって、形はなんだってかまわないので「自分だけのルーティンをつくること」がモチベーションを維持するためには重要だと思います。
──暗記すべきことの量も膨大だったのでは?
勉強のノウハウとして、記憶術に関して、僕が言いたいのは「インプットではなくアウトプットの練習をしなければ、いくら勉強しても試験や実戦では役に立たない」ということ。
参考書をそのままノートに書き写す「写経スタイル」はダメ。まず、覚えなきゃいけないことが10項目あったとすれば、5分なら5分と決めて「その時間内に内容を覚えるのではなく理解しろ」と自分に命令し、正解を見ないでどこまでノートにアウトプットできるかを試してみる。全部書き出せなければ、何度となくできるまでやり直します。今度は忘れた項目について、徹底的に悩みながら。心の中に疑問を持つことが記憶のコツなんです。そして正解を見て、「な〜んだ」と納得すことを繰り返します。長文も一緒で、ひとつ一つ文節に区切って、頭の中でナンバリングし、箇条書き化にします。
さらに、それを例えば指を折りながら諳んじると、効果は倍増します。「右中指はこれだったな」みたいな要領で体にたたき込むんです。逆からもやってみたり。電車の中でテキストを開いても確認程度しかできっこないから、電車の中でも、歩いてる時でもテキストを開かずに集中できる効果的な方法として指折りを使ってました。指を折る行為はどこでも簡単にできますから。
──現在もご多忙な井藤さんのストレス発散法は?
職業柄、結論の出せない問題って、けっこうあるんですよ。そういうときはスポーツジムに行って運動をします。そこでいっぱいイッパイになるまでに体を動かすと、不思議なことにさっきまでのモヤモヤしていた環境がプツンと切れて、心身ともにスッキリ(笑)!
よく「考え事や悩み事は朝に解決するのがいい」って言いますよね? 夜はその日のしがらみをMAXに引きずっている状態で、頭が混乱しがちだけど、朝は頭がリセットされてクリアになります。そして『ヘトヘトになるまでの運動』は、僕の脳を『朝の状態』にしてくれるんです。
──税理士や会計士を目指している人たちに、応援の言葉をお願いします。
とても面白い仕事だと思います。お客さまが多くの会計士の中から僕を選んでくれて、「お金」そしてそれに絡む「会社内」、「家庭内」といった一番他人には見せたくない部分の相談事を腹を割って、お話をしてくれて……。その信頼関係を肌身で感じたときは本当に嬉しいです。
女性には特にオススメします。僕の経験からすると、計算が要となる仕事は男性より女性のほうが几帳面で圧倒的に優秀なんです。最近は女性の経営者も増えてきているので、同じ目線で物事を見つめられる女性会計士の需要も高まっていますしね。それにちょうど今は会計士や税理士が循環的に資格取得の難関さと就職や貰える収入が合わないとかで不人気な時代ですが、じきに足りなくなってニーズが高まる時代がきますから。
「昨日の自分より今日の自分」を座右の銘とする井藤さんは、「死ぬまで社会の役に立てる状態でいたい。そのためのチャレンジ、またチャレンジするための勉強は何歳になってもずっとし続けたい」と、明るく語ります。好きこそ物の上手なれ──勉強を「辛い行為」「義務」と捉えない、そのポジティブシンキングこそが井藤さんのバイタリティーの源なのかもしれません。
井藤丈嗣(いとう たけし)さん/51歳
税理士・公認会計士・ファイナンシャルプランナー
1964年愛知県生まれ。名城大学商学部卒業後、1992年に中央監査法人東京事務所(旧中央青山監査法人)に入所。それと同時に東京商科学院の公認会計士受験課で原価計算論の講師として多くの受験生の指導に当たる。2000年に公認会計士登録、税理士登録。2001年に井藤公認会計士事務所として独立。2006年井藤税理士法人を設立。現在では、東京~名古屋間に限らず芸能人から大企業に至るまでの広範囲に及ぶ経営戦略サポートに奔走している。また、『業種別消費税率引上げ・転嫁対策ハンドブック』(共著/ぎょうせい)ほか、税務についての執筆活動も積極的に手がけるとともに、一般人に対して税金についてのわかりやすい講演活動も行っており好評を博している。
井藤公認会計士事務所
愛知県名古屋市中区錦1-13-19 名古屋北辰ビル3F
TEL:052-205-7068
HP:http://www.5min-tax.jp/index.html
撮影協力
日本のお酒と馬肉料理『うまえびす』
東京都渋谷区恵比寿4-9-9 恵比寿Kビル1F
TEL 03-6432-5640
営業時間 ランチ:11:30〜15:00(ラストオーダー14:30)
ディナー:17:00〜24:00(ラストオーダー23:00)
定休日 日曜日
日本産にこだわった多種のお酒と絶品な馬肉料理が自慢のオシャレなお店!
Text:山田ゴメス