──宮原さんがTOPで働き始めた時のことを教えてください。
ちょうど東京オリンピックが開催された年で、日本中が活気に溢れていて、あらゆるお店が開店ラッシュの状態。けれど、「コーヒーの専門店」はまだ珍しい時代でした。だからこそ興味を持ち、また、なによりも昔からコーヒーの匂い立つ香りやお洒落な雰囲気が大好きだったので、TOPで働き始めました。
──コーヒーへのこだわりとは?
ズバリ、変わらないこと。味について具体的な説明をすれば、当店の看板ブレンド『トップミックス』は酸味がポイント。その酸味を活かしながら、コーヒー豆の油分をより多く抽出できるサイフォン方式で、一杯一杯丁寧に淹れます。見た目は「どろっとした仕上がり」で、ブラックで飲んでも濃厚でコクがあるし、シュガーやフレッシュを入れても負けない味になるわけです。
──最近、サイフォンでコーヒーを淹れるお店って減ってきてますよね?
例えば、今流行りのサードウェーブコーヒー※はドリップ式が主流。そのほうが味はまろやかになるので。ただ、ドリップは手でじっくり淹れるから、コーヒーが冷めてしまうという欠点もあるんですよ。たしかに、あっさりとしたコクを好むここ数年のトレンドとしては、ドリップのほうが向いているんだろうけど、ウチはサイフォンにこだわり続けている。そして、その「変わらない味」こそがTOPのオリジナリティなんです。
──新しいブレンドを開発する予定は?
ウチのような老舗は、新しい味より「どこまで今の味を維持できるか」が勝負ですから。歴史を守ることが最大の差別化。どんなにモダンなカフェでも歴史だけは真似できないでしょ。
なので、常連のお客さまにさり気なく今日の出来を聞いてみたり、お客さまの気持ちになって自分が淹れたコーヒーを飲んでみたり……「味を変えない努力」はものすごくしています。
※コーヒーがカップに運ばれるまでのトレーサビリティ、豆の素材や淹れ方など、各々の工程を重視するスペシャルコーヒーのこと
──「コーヒーの味」以外のこだわりは?
サービスの徹底、これに尽きます。水は頼まれる前につぎ足す、お客さまがトイレに立ったときは冷めないようコーヒーにフタをする、新聞は全紙揃える、客層に合わせたBGMを適量なボリュームで流す、あえてモーニングセットをメニューにしないことによって「朝に来るお客さまにも昼以降に来るお客さまにも同じTOPであり続ける」……そういった単純なことを怠らない。その上で美味しいコーヒーを飲んでいただくのが「TOPらしさ」だと僕は思っています。
──お店で働く若い人たちにも、その伝統は受け継がれているのでしょうか?
個人的な印象ですが、近ごろの若い子は「せっかく働くんだから、ちゃんと美味しいコーヒーを淹れる技術を覚えたい」という前向きな子が、むしろ多くなっている……。そういう子たちには、できるだけのことを教えるようにしています。
まず1年くらいは「お客さまが○○したときは?」「このコーヒーの原種は?」……ほか、実戦でなにかあるたびに質問するやり方で、最低限の知識や接客の基本を覚えてもらいます。
次は、コーヒーの淹れ方の研修。スプーンに挽いたコーヒー豆を目分量ですくってみて、それがウチの使用量である15gになるまで何度も繰り返してみたり……。そういった訓練を1年ほど積んで、カウンターに立ってもらうのが平均的なケースですね。
──では、そんな若い人、特に「いずれは自分のカフェを持ちたい」と夢を抱いている人たちにアドバイスを。
「これだけは絶対に負けない」というサービスを明確に打ち出すことが重要。それがあればお客さまは必ず付いてくる。ウチもサードウェーブブームになってから、逆にコーヒー好きの若いお客さまが増えていますから。
あと、カフェを経営したいとお考えの人は、どうしても、「友だちが気軽に集まれるようなお店」をイメージしがちなんですけど、常連さんばかりのお店って、いきなりだと入りづらいじゃないですか。やはり新しいお客さまをサービスで惹きつけなければ、経営は成り立たない。どのお客さまも大切に──ですから、カウンターのお客さまとお話するときも、僕は話し込み過ぎず、なるべく手を動かしながらするようにしています。
──宮原さんが、この仕事をしていて一番「楽しい」と感じる瞬間は?
月並みですけど、「今日も美味しかったよ」と一声かけていただけると嬉しくなります。あと、お店を出たお客さまから「ここ穴場だよね」なんてヒソヒソ話が漏れ聞こえたとき、しかもそのお客さまが今度は一人で来てくださったときは本当に嬉しいですね。
これだけは絶対に負けないサービスは、「接客」「味」「量」……なんでもかまわないと宮原さんは言います。問題は、そのポリシーにどれだけこだわり続けることができるか? 「継続は力なり」ということわざがあるくらい、それは簡単なことではありません。辛いときも苦しいときもあるでしょう。でも、そこで一番のエネルギーになるのが、お客さまの喜ぶ姿なのかもしれません。
Text:山田ゴメス