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2016.12.13

「イッテQ」登山隊の気象サポート役・猪熊隆之さんに聞く、気象予報士のお仕事

「イッテQ」登山隊の気象サポート役・猪熊隆之さんに聞く、気象予報士のお仕事

2016年夏、8月11日が「山の日」として新たに国民の祝日になったこともあり、今後ますます登山人口が増えていくと言われています。そんな身近になりつつある山登りを陰で支えているのが日本初の山岳気象専門会社「ヤマテン」を立ち上げた猪熊隆之さん。少しの変化で大きな事故が起こりかねない山の天気について広く発信している猪熊さんに、その仕事と今に至るまでの経緯をうかがいました。

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山に魅せられた学生時代と、気象予報士を志した理由

山に魅せられた学生時代と、気象予報士を志した理由

長野県茅野市という八ヶ岳のふもと、南アルプスの山々に囲まれた自然豊かな場所に「ヤマテン」の事務所はあります。その代表である猪熊隆之さんは、「山の天気にこの人あり!」というほど、国内外の登山隊から信頼を得ている山岳専門の気象予報士です。山の魅力に目覚めたのは学生時代の山岳部だったそう。

「何をやっても中途半端で後悔した高校時代を経て、『つらいことを乗り越えて自信をつけたい!』と大学の山岳部に入部することを決意しました。入部してしばらくは、体重以上の荷物を持って険しい山を登り、自分たちでテントを組みたて水を汲みご飯を作るという山の生活が、つらくてつらくて仕方がありませんでした。同期の中でも一番初めにバテることが多く、とにかく辞めたいと思う毎日。でも『ここで辞めたら高校時代と同じ。もう一日頑張ってみよう』の繰り返しでなんとか一年続けたんです。すると2年生に上がったときに、高校の運動部で活躍していた新入生よりスイスイ登れる自分がいて、はじめて自分が飛躍的に成長していることを感じることができました」(猪熊さん)

つらくても乗り越える達成感や、3週間の厳しい合宿を終えて山を下りたときの爽やかな充実感など、山登りの不思議な魅力に徐々に夢中になっていった猪熊さん。ですが、順調なことばかりではなかったそうです。

「大学3年生の冬に富士山で滑落し大けがをしました。突風が原因で250m滑落し、25時間後に救出されたのですが、粉砕骨折とひどい凍傷で両足とも切断するかの選択を迫られるほどの状態。運良く技術のある医師にめぐり合え、2年のリハビリ生活を経て奇跡的に回復できたんです。そこからは中断していたトレーニングを再開し、憧れていたヒマラヤなど海外の山への挑戦をはじめました」(猪熊さん)

その後、肝炎という肝臓の病気を発症し、一時中断しながらもなお海外の山に向かい続けます。しかし今度は慢性骨髄炎という病気に。入退院を繰り返し「完治は難しい」と医師に告げられ、勤めていた旅行会社の仕事もままならなくなったとき、「自分の技術を使ってできる仕事は何なのか」と考えるようになったそうです。

小学生の頃から好きだった「天気予報」が目指すべき道を示してくれた

小学生の頃から好きだった「天気予報」が目指すべき道を示してくれた

「まず、自分が他の人より優れていることを探すことから始まりました。その時ふと思い当たったのが『天気の知識』。昔から天気オタクで、ドラマやアニメよりも天気予報を見るのが好きだったんです」と猪熊さん。

気象予報士を目指し始めた猪熊さんは、入院している時間などを活用して勉強し、1年で気象予報士の資格を取得します。しかし骨髄炎で入退院を繰り返し、山はおろか日常生活もままならない状態。すぐに山の天気を専門的に勉強しようという心持ちにはならなかったそうです。

「実は山への思いが強すぎるがゆえ、しばらく山のことを見聞きするのもイヤな時期がありました。なんとかして山を遠ざけようとしてたんです。けじめをつけて山岳部のコーチを辞めさせてもらおうとミーティングに参加したときに、なんだかすごくその場の居心地が良かった。そこで改めて、登山だけではなくこれまで一緒にやってきたすばらしい仲間とか自信や成長といった、山から与えてもらったものの大きさに気づき、感謝しました。自分の居場所はここなんだと感じましたね」(猪熊さん)

病状も落ち着き始めた頃、心機一転、山に恩返しをするつもりで登山者の安全のために精度の高い天気予報を発信していくという目標を持った猪熊さんは、これまでの登山の知識を活かして、山岳気象予報士としての仕事をスタートすることになります。

ヒマラヤ天気予報のスペシャリスト!幅広い予報業務とは?

ヒマラヤ天気予報のスペシャリスト!幅広い予報業務とは?

山岳気象予報士とは、具体的にどのような仕事があるのでしょう?まずは、気象予報士の主な仕事である「予報業務」。特に猪熊さんはヒマラヤの天気予報に強く、その精度の高さは国内外の登山隊から厚い信頼を得ています。竹内洋岳さん、栗城史多さんなど名だたる登山家の気象サポートや、日本テレビ『世界の果てまでイッテQ』登山隊などを始め、さまざまなテレビ番組の撮影サポートもおこなっています。

「ヒマラヤなど高い山での気象サポートは、各登山隊に依頼をもらい、登頂アタックするのに一番条件が良くリスクの少ない日を予想することが重要な任務です。登頂日の天気だけでなく、前後の日に雪崩の原因となる大雪の可能性がないかなど、総合的に判断して登頂する日を提案することが必要とされています」(猪熊さん)

また、最近では山を舞台としたトレイルランニングや自転車のレースの予報依頼が増えているそう。「運営側に依頼を受けて、山で危険とされる雷や暴風雨の予想をしたり、レースを中止する際の判断基準を示すこともあります。山の予報業務は、ただ一方的に天気を予想するだけではだめだと思うんです。それが外れた時のフォローや、同じ天気でも登山ルートによってリスクが違いますから、そういった面も含めた提案が必要だと思っています」(猪熊さん)

そのほか、スキー場の人工雪をつくるのに最適な気象条件を提案してコストダウンに協力したり、いい画を追求する映画制作の現場で夕焼けや雲海の予報を提供したりと、実に幅広い予報業務を担当されているそう。

伝えるのも大事な仕事!気象知識が山の事故を減らす

伝えるのも大事な仕事!気象知識が山の事故を減らす

「講演活動」も猪熊さんの仕事のひとつです。「山好きな人たちが集まる講演会などで、天気図の見方やどのような雲が危ないかなど、山の天気について教えています。実際に山に登りながら説明する講習会も人気で、雲がこうゆう形をしているとどういった状態なのか…といった『雲の気持ち』を解説するとみなさん喜んでくれますね。これは私も山に行ける数少ないチャンスなのですごく楽しみなんです(笑)」(猪熊さん)

山は雲の動きがとてもはっきり見えるところなので、机上で学んだことを自分の目で確かめやすく理解が深まる点が面白いそう。

「自分の持っている山の気象知識を広く伝えることはとても大事だと思っています。大きな山の事故は旅行会社や登山ガイドが企画するツアーなどで起きることも多く、なかでも気象遭難が多いんです。引率者の責任は非常に大きいと思っていますので、登山ガイド向けの気象講座を今後やりたいと思っています」と目標を語ってくれた猪熊さん。

安全登山に、山岳気象予報士の仕事は大きな役割を担っています。今後、登山を楽しむ私たちが、自分の身を守るためにも、天気についての興味と知識が必要なのかもしれませんね。

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取材協力
猪熊隆之(いのくまたかゆき)さん
1995年に中央大学法学部卒業後、登山専門旅行会社勤務を経て気象予報士に。2011年、全国18山域59山の山頂の天気予報を配信する国内初の山岳気象専門会社「ヤマテン」を設立。中央大学山岳部監督、国立登山研修所専門調査委員および講師も務める。日本テレビ「世界の果てまでイッテQ」登山隊や、NHK「グレートサミッツ」など国内外の撮影サポートのほか、山岳交通機関、スキー場、旅行会社、山小屋などに天気予報を配信し圧倒的な信頼を得ている。著書に『山岳気象予報士で恩返し(三五館)』などがある。
 

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